知らぬあなたと交換日記

@satsumaimoo

第1話

──退屈だ。


それは、いつも思う。学校生活という場において、そう感じるのはおそらく間違っているのだろう。


大人は言う。学校は学ぶ場所だと。高校生からは義務ではないのだと。学びたくないのなら、学ばなくていいと。それは、本当に学びたい人に対する侮辱だと。


ならばと問いたい。何故、この日本社会は学歴社会なのだろうか。日本の高校生皆が皆、学びたいと思って学校に通っているはずはない。


より良い会社に。より良い生活の為に。我ら学生は、人生で唯一遊ぶことが正当化される『青春』というものを削って勉学に励んでいる。


──楽しくない。


興味のないことをするのは楽しくない。例えば僕の嫌いな教科。苦手な教科じゃない、嫌いな教科。古典と英語だ。授業を受けてて全く楽しくない。


興味が無いことはあまり頭に入らない。すると、言ってることが分からない。すると更に興味を失う。無限ループだ。


先生はみんな英語が大事だという。今の社会はグローバルだからだと。だから、古典の山田先生に聞いてみた。英検3級に出てくるような、多分よく使われるだろう英単語。頻出度高かったし⋯⋯。


先生は答えられなかった。聞いたことはあるようなって言っていたけれど、僕だって聞いたことはあった。必要だって言ってたくせに。


多分、山田先生は取捨選択をしたんだと思う。古典の先生をするならば、英語は必要ないと。英語を捨てて、古典を選んだ。それが、きっと皆が言う『大人』というものなのだろう。


ならば、今、僕らが『青春』というものを切り捨てて、勉学に励むことは、『大人』への階段を登っているような事なのだろう。


結論。絶対英語と古典を捨てられる職業に就いてやる。


さて、なんでこんな初っ端から文句ばかり言っているかというと、ついさっき英語と古典の課題を再提出してきたからだ。授業でやった課題テストの直しが、両方一つずつ足りなかったらしい。


一つくらいいいではないか。古典も英語も直しをノートに写させる量が多い気がする。


それにしても、最近ぼーっとすることが増えた。多分、書き漏れがあったのもそのせいだ。


僕は二人の担当教師を恨みながら、放課後の廊下を歩いていた。提出物は出したし、教室に残した鞄を持って帰るだけだ。


ふと廊下から外を見ると、綺麗なイチョウが風に揺られて落ちていた。もう秋だ。


秋は好きだ。春と違って少し寂しい気持ちになるが、それが心を丁度よく締め付けてくれる。


──少し強めの風が凪いだ。


窓が開いていたせいで、もみじやらイチョウが廊下に入ってくる。片付けるのは僕の仕事じゃないし、無視する。


少し、申し訳なさが募る。お前のせいだと、葉を彩る外の木を睨む。


──パラパラ。


そんな音が聞こえた。なんだ? と、音の方を見てみると、木の枝に一冊のノートが引っかかっているではないか。


どうしよう。忘れ物だろうか? 既に課題を再提出し、廊下の葉を無視している。悪徳を2つも積んでしまっている。


仏の顔も三度までだ。仕方ない。確か一階に届けものボックスなる箱があったはずだ。そこまで遠くもないし、届けるとしよう。


木がそこそこ生い茂る──所謂校舎脇は、地面を落ち葉が覆い、歩く度に足が下にめり込んで変な感覚だ。ただ、この感覚は嫌いじゃない。


歩いてみると結構遠かった。が、ようやく辿り着いた僕は、ノートを手に取る。


「⋯⋯あれ?」


ここで僕は久しぶりに声を発した。いやまあ、先生に謝った時に声出したからそんな久しぶりって訳でもないけど⋯⋯。自主的に出したのは久しぶりだ。


しかし変だ。引っかかっているはずのノートは、気の隙間から外して引っ張っても取れないのだ。


「あっ⋯⋯!」


よくよく見ると、ノートの左上には小さな穴が空いており、その穴と木の枝を透明な糸が結んでいるではないか。


「なんだこれ」


意図的にやる以外こんなことにはならないだろう。つまりこれは誰かの目的があってこうなっているわけだ。


⋯⋯なら見過ごしても悪徳にならないじゃないか! なんだか無駄に歩かされてしまった気分だ。


ムカついたので、腹いせにノートの中身を覗いてやった。これで悪徳が溜まりそうな気がするが、不可抗力正当防衛! 僕は悪くない。


パラパラと左から捲っていくと、すぐに白紙のページが現れた。まだ数ページしか捲ってないのに⋯⋯。


今度は右から1ページずつ捲っていく。すると、1ページ目に辿り着いた。


終わりの始まり⋯⋯か? 始まりこそが終わりであり、終わりこそが始まりである──それつまり、ブラックホール。このノートは宇宙なのか?


そんなことは無かった。ただ1ページ目にしか文字が書かれていないだけだ。少し寝不足なのかもしれない。


ぱっと見た感じ、普通に文が書いてあるだけだ。


⋯⋯これはもしや、現代文による古典と英語に対するアンチテーゼ? 僕の同士がついに現れてくれたのか⋯⋯!


そんなことは無かった。普通の日記だった。今日は少し早めに寝よう。


内容はこんな感じだ。


『私は、毎日がつまらない。変わらない日常に、変わりゆく時間。時間は過ぎていくのに、何故毎日はこんなにも変わらないのだろう。そんな気持ちから始まったのが、この日記です。別にデスゲーム漫画の主人公のように刺激的な出来事が起きて欲しいわけじゃない。ただ、毎日の同じような日常に少しだけ変化が欲しかった。だから、私と交換日記をしてくれませんか?』


という内容だった。


おお! 僕が考えていることととてもよく似ている。青春を削りすらしていない僕にとって、初めての青春の匂いを香らせる。


交換日記、やった事は無いが楽しそうだ。一人称は『私』か。性別関係なく使うから、性別は分からない。⋯⋯いや、余計な詮索は無しにしよう。交換日記とはそういうものだろう。きっと。


僕は丁寧に糸を外し、ノートを鞄に入れる。


⋯⋯何を書いてみようかな。日記なんて初めてだ。そうだ、今日の山田先生のことを書こう。でも、これじゃあネタが足りなくなるな。これから考えていかなきゃ。


そんな事を考えて帰路に着く。不思議なことに、いつもより帰路が短く感じた。

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