第10.5話 スィスルとデート

 これはラソマがアミスとケーキを食べた日から数日後の話。


「ラソマ兄様、早く行きたいです!」


 ある日の朝。屋敷の玄関でスィスルが俺に向かって言う。一方の俺は玄関に向かって階段を下りている最中だ。


「そんなに慌てなくてもケーキ屋さんは消えないよ」


 楽しそうにしているスィスルを見て、つい苦笑いしてしまう。

 今日はスィスルと一緒にケーキを食べに行く約束をした日だ。


「でも、2人きりが良かったです…」

「それは仕方ないよ。スィスルも僕もまだ子供なんだ。2人きりで出かけて何かあったら大変だろう?」

「そうですけど…」

「2人きりのお出かけはお互いに大人になってからにしよう。それなら誰にも何も言わせないから」

「はい!」


 素直で可愛いなぁ。悪い男に目をつけられないように気をつけないと!


「あの、ラソマ様、私たちがいる事を忘れてないですよね?」


 声をかけてきたのはアミス。隣には1人のメイドがいる。彼女はスィスル専属のメイドだ。


「忘れてないよ。どうして?」

「いえ、2人の世界に入っていたようなので」

「それは兄妹だから仕方ないよ。さて、それじゃあ行こうか」


 方法は自分たちを結界で囲んで移動する。


「んっ…」

「ひゃっ!?」


 結界で囲んで宙に浮いた瞬間、スィスルは声に出す事を耐え、スィスル専属のメイドは声に出して驚いた。


「も、申し訳ございません!」

「いいよ、初めてだからね」


 謝らなくても気にしないよ。さて、出発だ。街へは人とすれ違う事もなく、魔物に遭遇する事もなく、無事に到着した。勿論、到着する前に結界を解除して歩いて行った。そうしないと目立ってしまうからな。今回だって貴族だとバレないような服装で来ている。


「ようこそ!ラソマ様!」

「ラソマ様、本日はどのようなご用件でいらしたんですか?」

「ラソマ様、今日も凛々しいですな」


 街に入ると、俺に対してそんな言葉が投げかけられる。


「あれ?もしかして気づかれてる?」

「この前、あれだけ派手に動きましたからね。噂になっているのかもしれません」

「そうかもしれないね」


 アミスに指摘されて思い出す。確かに人の多いギルドという場所で伯爵の息子だと大々的に言ってしまったら、その噂が広まっていてもおかしくはない。


「目立つ事は避けられない、か」


 せっかく全員で平民の服装をしてきたのに。…俺のせいだな。

 それからも人々が集まってきて、俺に対して話しかけてくる。まあ、大体は特に用事もなく、街を経営している伯爵の息子に対して良い印象を抱かせる為だろう。


「ところで、こちらの方々は?」

「この子は僕の妹で、後ろの2人はメイドだよ」


 ここまで気づかれているんだから、嘘をついても仕方がない。


「はじめまして、スィスルです」

「これはこれは!初めまして。もう自分で名前を言えるんですな!」

「さすが伯爵様のご子息。賢いですね!」


 今度はスィスルを持ち上げ始めた。


「しかし、今日はどうして街に?」

「少し用事があってね」

「そうでしたか。それにしても流石ですね。ギルドでタチの悪い冒険者を一捻りしただけのことはあります。街に護衛もつけずに来られるとは」

「いや、このメイドが護衛も兼ねてるんだよ」

「それでもご立派です」

「そうなの!兄様はすごいの!父様と兄様たちがいるから、皆、安心して暮らせるんだよ!」

「その通りですな」


 スィスルの言葉に街の人たちは頷く。…良かった。誰も反感を抱いていないようだ。でも、スィスルには言っておく必要があるな。


「スィスル、それは少し違うよ」

「え?」

「確かに父様は街の人たちが安心して暮らせるように政策を考えている。でも、それはお礼なんだ」

「お礼、ですか?」

「うん。街の人たちが一生懸命に働き、税金を納めてくれているから僕たちは裕福な生活ができるんだ。まあ国からの支援金もあるけど、それでも税金の存在は大きい。そうして裕福な暮らしをさせてもらっているお礼に、街の人たちが安心して暮らせる政策を考えているんだよ」

「…よく分からないです」


 だよね。6歳の子供に言って分かる話ではない。


「簡単に言うと、自分たちにできる事で、お互いに助け合ってるんだ。街の人たちが安心して暮らせるのは父様のお陰。僕たちが裕福に暮らしていけるのは街の人たちのお陰。だから偉そうにしてはいけないよ?」

「…なんとなく分かりました」

「うん、今はそれで良いよ」

「皆さん、偉ぶってしまって、ごめんなさい」


 そう言ってスィスルは街の人たちに少し頭を下げた。貴族として平民に簡単に頭を下げるのは良くないけど、謝罪する気持ちがあるのは良い事だと思う。


「いえいえ!そんな!」

「態度なんて気にしていませんから!」


 スィスルという貴族に謝られて街の人たちが慌てている。


「スィスル、素直に謝る事ができるのは偉いよ」

「ありがとうございます」


 しょんぼりしているスィスルの頭を撫でながら言うと、スィスルは少しだけ元気になった。


「ラソマ様も、そのようなことを考えておられるとはご立派ですね」

「いえ、今の言葉は兄様に教えてもらった事なので、僕が立派なわけではないよ」

「それでも、その事を覚えておられる事がご立派です」

「そうかな」


 男性がやけに誉めてくる。まあ他意はなさそうだから、素直に受け取っておくか。


「お兄様もご立派ですな。レミラレス伯爵様は後継者がご立派で羨ましい」

「将来が安心ですね」


 街の人たちは盛り上がっている。でも、それは俺も同感だ。兄さんがこの街の領主になったら、今に続いて安心できるだろう。

 その後も俺たちは街の人たちに持ち上げられていたが、終わる気配が見えないので用事があると言ってその場所から離れた。


「さすがラソマ様、あのような事を覚えておられたのですね」


 ケーキ屋に行く途中、アミスがそう言ってくる。


「うん、大切な事だからね」

「私も兄様たちのように賢くなりたいです」

「勉強すればスィスルもなれるよ。僕もまだまだだしね」


 スィスルがやる気になってくれて良かった。今でも賢いから、勉強すればもっと賢くなるだろう。俺の場合は前世の年齢があるからな。この世界での年齢にすれば賢いかもしれないけど、大人になった時には普通になるだろう。


 そんな事を考えていたらケーキ屋に到着した。


「今日は、あの催しはやってないんだな」

「前は何かあったんですか?」


 スィスルに聞かれたので、前に来た時はお互いにケーキを食べさせれば半額になった事を話す。


「私もそれがしたいです!」

「でも半額にならないしなぁ」

「…駄目ですか?」

「いや、しようか。せっかく来たんだもんね」

「はい!」


 スィスルを悲しませてはいけない。寂しそうな顔は見たくないからな。しようと言ったら笑顔になってくれた。やっぱり笑顔が一番だ。


「いらっしゃいませ!…ら、ラソマ様!?」


 やっぱり店でも知られていたか。


「本日はどのようなご用件でしょうか?」

「前と同じだよ。違うのは、一緒に食べる相手が妹だという事だけどね」

「伯爵様のご息女ですか!?可愛らしいですね」

「ありがとうございます」


 店員の言葉にスィスルは照れながらもはっきりと返事をする。

 その後、席に座ってケーキを注文した。2人がけの席で、隣のテーブル席にはアミスたちが座っている。最初は俺とスィスルの後ろに立ってたんだけど、さすがに立たせておくわけにはいかないから、席に座ってもらった。そして同じようにケーキを注文した。アミスたちだけ何も食べないというのは俺としては嫌だ。せっかく来たんだから、4人で一緒に食べたいからね。

 それから少しして、4つのケーキが運ばれてきた。


「わぁ、美味しそうです!」

「実際に美味しいよ。早く食べよう」

「はい!では兄様…どうぞ」


 スィスルが自分のケーキを一口サイズにスプーンで取り、俺の口に近づけてくる。…俺からか。ここで躊躇えばスィスルが傷つくかもしれない。まあ躊躇う必要もないんだけど。俺はスィスルのスプーンからケーキを食べた。


「どうですか?」

「うん、美味しいよ。スィスルが食べさせてくれたから、余計に美味しい」

「あ、ありがとうございます」

「それじゃあ、次はスィスルの番だね。はい」


 スィスルが一口で食べきれる量のケーキをスプーンで取り、スィスルの口まで持っていく。


「あーんして?」

「は、はい!…あーん」

「どう?美味しい?」

「はい!とっても美味しいです!」

「それはよかった」


 店の人もホッとしているのが視界に入る。ここで貴族の子供に美味しくないなんて言われたら、一般的に評判が下がる可能性が高いからな。まあそれでも、この店の味を知っている人は離れないだろうけど。


「幸せですぅ」


 スィスルは頬を赤くさせながら言う。スィスルの好みの味だったのか。それならまた一緒に来ないといけないな。


「はい、兄様」

「え?まだ続けるのかい?」

「はい…駄目ですか?」

「そんな事はないよ」


 スィスルはさっきと同じようにケーキをスプーンで掬って俺の口に持ってくる。アミスの時は最初の一口だけだったけど、スィスルはもっとしたいんだろうな。


「それなら最後まで、お互いに食べさせようか」

「はい!」


 ずっとするのは少し恥ずかしいけど、それでスィスルが喜ぶなら満足だ。

 その後はケーキがなくなるまでお互いに食べさせる事になった。

 とても美味しかった。今度は家族で来たいな。…店員はとても緊張するかもしれないけど。


「それじゃあ帰ろうか」

「はい!また連れてきてくださいね?」

「勿論だよ」


 そうして俺はスィスルと約束して、家に帰った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る