きみに会うための440円

鮮魚店のおぢさん

公衆浴場入浴料金の統制額440円(令和元年現在)、プラス……

 ここは公衆浴場、いわゆる銭湯


 こういうお風呂屋さんがあるのは知っていた。

 小学校から一緒だったクラスメイトの道端クンの家

 大きな煙突の古い建物

 小さいころから何百回と前を通っているが、一度も銭湯に入った事はない。

 だってみんなに裸見られるって恥ずかしいじゃん!


 でも……

 中学になってから、道端クンが気になってきた。

 好きかも……


 なんか告るのも怖いし……

 いやいやいや!

 告ったらOK貰える自信あるよ!うん!

 根拠ないけど自信あるよ!うん!

 でもさぁ……万が一ってあるよね?


 それならば……

 この状況を利用しようじゃないか。

 銭湯行ってみようじゃないか。

 番台座ってる道端クンに私のボンキュッボンを見せつけてやろうじゃないか!

 虎穴に入らずば虎児を得ず!


 トートバッグに着替えやタオルを詰めて、ワンコイン握りしめいざ出陣!


 あ

 なんだこの靴箱……

 番号はでっけえ木のプレートに書いてるけど、鍵無いし!

 ガバガバセキュリティ……しゃあねえか……はあ……

 スニーカーを適当に靴箱に入れて暖簾を……


 あ

 「男」って書いてる。

 危ない危ない。

 気を取り直して「女」の暖簾をくぐる。




「いらっしゃいませ」

「あ、道端クン、どうもー」

「クラスメイトが来たのって澤田さんが初めてかも。440円になります」

「あ、はい」

 500円を渡して、60円お釣りをもらう。


「道端クンってしょっちゅう番台座ってるの?」

「わりとね」

「んじゃ男女のハダカ見放題じゃん!」

「って言っても、ほとんど近所のじいちゃんばあちゃんだし」

 ほー、そうかそうか

 んじゃ今日は私の若き肢体を見せつけてやろう!



 恥ずかしい……


 よくよく考えたら、好きな男の子の前で裸になる……って……

 中学生でそれ無いよね!

 真夜中のラブレターのテンションで銭湯来たけど、冷静になったらこれ恥ずかしくて死ぬ!


 そして肝心の道端クン

 正面のテレビを見てこっちを見ていない。

 クラスの女子が裸になろうとしてるのに、何だそのアルカイックスマイル!

 腹立つ!


 羞恥心を抑え込み、私は今から修羅の道に入る。


 靴下とパーカーを脱いで籠に入れる。

 って……この籠でいいんだよね?脱いだ服

 そして……Tシャツとホットパンツを脱ぐ。


 ピンクのチェック柄のブラとショーツ

 どーよ!この勝負下着!(※中学生基準)

 っていうか、恥ずかしくて番台に背中向けてるけどね……

 道端クンどんな反応かな?肩越しにちらっ……


 見てねえええええええええええええええっ!

 正面のテレビを見てアルカイックスマイル!


 作戦変更、まずお風呂に入ろう。

 綺麗な湯上りの身体を見せつけてやろうじゃないか!

 お風呂から上がったら真正面だよ道端クン!

 ボン(Aカップだけど)キュッ(寸胴だけど)ボン(小尻だけど)見せてやんよ!


 かぽーん

 水蒸気の立ち込める熱い戦場

 先客に2人のおばあちゃん

 道端クンに見せつけるため、とりあえず洗おうじゃないか。


 むー……

 シャワーが固定されてて使いづらい。

 お湯と水の蛇口別々でブレンドするの?え?

 熱い熱い熱い熱い!

 お湯の蛇口超熱い!

 洗面器の底の『ケ〇リン』って何?


 何とか悪戦苦闘の末身体を洗い終わる。

「なんか疲れた……」

 湯船つかって早く出よう。


 ちょん……

「熱ううううううううっ!」

 足の先っぽを少しお湯に付けましたが、何この噛みついてくるような熱さ!

 壁の温度計見ると45℃⁉

 家のお風呂って42℃くらいだよね?熱湯コマーシャル?


 先客のおばあちゃん2人はニコニコしながら湯船につかってます。

 サイボーグなのか?

「お嬢ちゃん熱いかい?子供には熱いから無理しない方がいいよ」

「そうそう、年寄りには日向水ひなたみず(ぬるま湯の事)だけどね」


 おばあちゃん達はそう言ってくれますが、子ども扱いはいただけない。

 やってやろうじゃないか熱湯コマーシャル!

 私は、PRタイムを1秒でも多く稼ぐ新人アイドルの様に覚悟を決めて……

 ざぶんっ!



 10分後

「番台のあんちゃん、お嬢ちゃんユデダコになっちゃったよ」





 気が付くと、女子更衣室のソファーで横になってました。

 体はバスタオルで包まれて、頭の下にはコールドパック

 気持ちいい……


「澤田さん気が付いた?」

「あ……道端クン……」

 みっともないトコみせちゃったな、体を起こす。

「ゴメンね迷惑かけて」

「いや、たまに居るから、のぼせちゃうお客さん」


 浴場を見ると、まだおばあちゃん達入ってる。

 おばあちゃん達が私運んでくれた?……わけないよね……

 んじゃ気絶してる私運んでくれたの道端クン⁉

 はっ……恥ずか死ぬ!


 道端クンは察したみたいで真っ赤な顔で言う。

「あ……安心して。母さんと姉さんに助けてもらったから」

 ホッとするけど、それでも好きな男の子の前でバスタオルOnly!

 はっ……恥ずか死ぬ!


 悶死寸前の私の顔に冷たいものが当たる。

「ひゃっ!」

「はいフルーツ牛乳、俺のおごり」

「ありがと……」


 プラのキャップを開けて一口飲む。

 冷たくておいしい。


「もし懲りずにまた来てくれたら……またおごるし……フルーツ牛乳……」

「へ?」

 道端クンは赤い顔をして、視線をそらしながら言う。

「またのご来店……お待ちしてます……」


 私はまだのぼせ気味の顔をにへらっと崩して……

「今度はコーヒー牛乳がいいな」



 440円

 牛丼やハンバーガーの安いセット食べれる結構な出費だけど……

 牛乳1本サービス付き、悪くないかも。

 気が向いたらまたこよう。





 次はもっと可愛い下着付けて来るし!

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きみに会うための440円 鮮魚店のおぢさん @jinjin4989

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