第4話 渡辺崋山(2)
一、
答て曰く、チュール・レイケ、及アルゲメーネ・アールド・キュンデ六巻、
(著者註・鏤刻は出版のこと、チュール・レイケは自然地理学を指す、
アルゲメーネ・アールド・キュンデは一般地質学)
一、或人問、欧羅巴の内、貴国の
答て曰く、生質勇敢、戦闘精錬なるは、
(筆者註・大貌利太尼亜はイギリスの事、俄羅斯はロシアの事)
一、或問う、
答て曰く、学問芸術の盛になるは
(著者註・機巧は技術の事、自行火船は蒸気船の事)
一、或問う、新奇の器を製造するには、一世にはならず、二世三世も経てなれるありと聞え候、皆、官府の人にて候や、左なくば生活に事欠きて、かようの者ありても、志は遂げ申すまじく候はん、如何。
答て曰く、我国に限らず、西洋諸国の風は、ゴット(仏)・レイケ(教道)・メンセン(人)・レイキ(芸学)、コンストー術ー(工考学)、皆学校これあり、日新の功を
(著者註・有道は神道を指す、駢拇は無用の事、独尊外卑は自国を尊び外国を蔑視する、日晎雨淋は天が日光を照らし雨を降らす事)
一、或問う、
答て曰く、然り。
一、或問う、独逸都国同盟三十八国は、従来臣属の国なるや、此国の事は、元来意太利亜のカアレル帝、移り都せし国なれば、意太利亜も、今や属国にや。
答て曰く、独逸同盟三十八国、亜細亜諸国の政度にては、
一、或問う、
答て曰く、土地の広大、国勢の強勢なる事、俄羅斯に比ぶべき者、更にこれなく候、且大貌利太尼亜と不和の事、聞き伝えず。
一、或問う、
答て曰く、盟会の国ならず。
一、或問う、
答て曰く、ボナパル大乱以前より、独逸盟会の国に候。
一、或問う、
答て曰く、今は俄羅斯の
(筆者註・波羅尼亜国はポーランドの事。下王は総督の意)
一、或問う、プラハンドは、貴国の付属なりしに、近来払郎察、大貌利太尼亜の二国、隠扶して、貴国と戦に及びしに、俄羅斯は貴国に助兵し、終に角立して和せざる由、今時如何になりたるや。
答て曰く、プラハンドは、昔より自立し難き国にて、一旦は
(筆者註・プラハンドはベルギーの事、隠扶は隠してこっそりと助けている事、窩々矢甸礼幾はオーストリアの事)
一、或問う、俄羅斯国、近来益々広大の国に成る由、去ども赤道以南の地方には、領地伝聞致さず、何の故ありて貴国、大貌利太尼亜、是斑呀、払郎察の如く、隔遠の地を望まざる。
答て曰く、
(筆者註・蠶食は他国の領地を侵略する事、割拠蠶食は領地のとりあい、貪婪はたいそうよく深い事)
一、或問う、
答て曰く、トルコに属せず、皆海賊を以て業とせる国なれど、近来国々より、厳しく之を制したれば、古来の如くにはあらねど、今何れへ属し候と申す儀これなく候。
(筆者註・襪爾襪里亜は北アフリカに住む人々、アルギュルスはアルジェリア、パルカはリビアを指し、海賊が多い地域であった)
一、或問う、北亜米利加は、広大無辺の地にして、其内尤も広き領地は、
答て曰く、
一、或問う、アウスタラリーの内、新ホルランドの地中、新ソイドワレスの諸地、大抵大貌利太尼亜の領と成たる由、其外ガルペンタリヤ、ジーメンス・キュスト、デウイツテランド、等の地も亦、大貌利太尼亜に入るや。(アウスタリー、地誌家近来これを五世界の一に定む、其地、北極出地三十度より、南極出地五十度に亘る、又東西経度百二十度より、百五十度に及ぶ、海島を合して之を移す)
答て曰く、新
(筆者註・アウスタラリーはオセアニア州を指す、新ホルランドはオーストラリアの事、新ソイドワレスはニューサウスウエールズ州を指す、ガルペンタリヤはオーストラリア北東部の半島を指す、ジーメンス・キュストはオーストラリア北部海岸中央の湾と岬を指す、デウイツテランドはオーストラリア西北部海岸の地域、エーンダラクツランドはオーストラリア西海岸の地域を指す)
一、或問う、全地球を航海するに、諸国
答て曰く、
(筆者註・ここでの印鑑は通行許可証、文引はその許可証の事)
一、或問う、一地球中、帝国と称し候は。
答て曰く、独逸の
一、或問う、我邦の京都如何。
答て曰く、ゲイステレイキ(神孫家)・エルフ(累世の)・ケイヅル(帝)。(僧の上京して、官位を得るを以て、彼の法皇は比したるなり)
一、或問う、江戸は地志家にて、何と申上げるや。
答て曰く、ケイズルと申上げ、穏当致すべし。(実はケーズルといえば云わるると答えしなり)
一、或問う、江戸の広大なること、他国にもこれあるや。
答て曰く、我国都アムステルダムの比すべきに非ず、大抵
一、或問う、人品は。
答て曰く、上官はますますフラーフヘン(好人)也、性情は大抵、都兒格人に似たり、都兒格の人、才識高明なれども、必勝を謀ること
(筆者註・軽脳とは頭の空っぽの事をいう)
一、或問う、風俗は。
答て曰く、御制度は大仕掛にして、整束なき所あり、譬ば医と工商、貴賎貧富、打交りて住居とす、他国に多く見ず候。
(筆者註、整束は秩序の事をさす)
一、或問う、百年来干戈を動かさざること、他国にもこれ有るや。
答て曰く、かかる
(筆者註・憂勤は独立を守るために力を注ぐ事、憂勤憤興は国々の生存競争、一失一得は戦争もあるが平和もあるという事)
一、或問う、国富むことは如何。
答て曰く、日本の土地と、気候とを見るに、支那我国などの交易を待たずして、用足るべき国と思わる。必竟、物産の学に疎き故、斯る不自由を好むなり、御世話有らんには、諸物、挙て用うべからざらん。
一、或問う、江戸城並に営中は如何。
答て曰く、御城も営中も、壮大は壮大なり。ケイヅルの御居所なるべし、然れども、御城の敷石、又石
(筆者註・ケイヅルは将軍のこと)
一、或問う、老若の御邸宅は如何。
答て曰く、大抵、大同小異、一所御庭に気色より所あり、一所歩障に、
(筆者註。ここでの老若は老中と若年寄を指す、歩障は衝立の事)
一、或問う、医学の致し方は、如何様に致し候や。
答て曰く。医学は人の性命に関わる事故、容易ならず候、先づその家業並に他の貴賤の者に因らず、医を学び度と云う者あれば、その父より官府へ届け候えば、呼びいだし、問い試みてその器に当るべく見え候えば、入学の糧を賜り、先づ解剖学に、三年間従事致させ候、これも医学を心がけ候童子は、在宅の間に、解剖の図書を熟覧致し候もこれあり候て、学習速になり候はゞ、其旨学校より官家へ考課を出し候はゞ、期月を待たずして、昇進致し候、それより製薬局へ出仕いたし候、これも三年に満たず候とも、その功課全く候はゞ、獄中医者の手伝になり申し候、是は最早、よ程の昇進に候。罪人はその一人を誤ちても、事実不明になり、
(筆者註。総法は共有財産を指す)
一、或問う、貴国にも町医これあるや。
答て曰く、町医あり、さなくては救急の間に合い申さず、されど
一、或問う、牢獄に医を選み候と申すは。
答て曰く、獄囚は天下公道の場所なれば、医を選まざれば、罪人非命に死し候故、
一、或問う、解体は、死罪の者を用いるや。
答て曰く、病死をも用い申し候、解剖学院にて、月六ケ日解体せる也、貴国は如何。
一、或問う、我邦にては、年一両度もあるべし、解体、朝より夕に及ぶ、貴国も又然るや。
答て曰く、我邦にては、大抵十日又十一二日も掛り候、精細にするには、眼精計りも十日計りかかるべし、多くは全体を蒸して用う。貴国の一日にせりは如何ぞや。
(筆者註・眼精とは目の玉のこと)
一、或問う、その始めて従事する解部は、いかよう手数かかり候事に候
や、定めて何方より刀を用い、何処に終ると言うことこれあるべきや、我邦の如きは
答て曰く、室中の人の全骨一部を置き、神経、動静血脈等、各大さ人の如き者
一、或問う、コンスビュルクは、如何なる人にや。
答て曰く、能く存じ申さず候、近来ビスコッフ(名医の人)と云あり、来年は爪哇へ参り申し候、今時独逸の医人ハーネマンと言者、西洋第一也、其療法、病に激する事なく、一にナチュール(自然)に従い、譬ば火を救うに火を以てし、水を救うに水を以てするが如し、古来の法を一変せり、年八十八歳に至り、
一、或問う、ハーネマンの療法、水を以て水を
答て曰く。これは大医にも、容易に会得なりかたき事にて、最初は所々に争論これあり候えども、追々其効験の多きに信服し、今は大率、其発明に従い申し候、其仔細は、従来の療法は、ただ病を敵国の様に心得候て、兵を以てこれを防ぎ、または病を火の如く心得候て、水を以てこれを消し候様のみに、苦心致し候えども、病は人身の生活の変にて、人身の外に病のあるにはこれなく候間、それを人身より全く取りはづし候事は、出来難き勢なるを以て、その変の出処に注目し、まづ人身自然
一、或問う、近来発明の燐と申し候は、如何様の奇能これあり候物に候や。(此一条浄写別にあり、日本志の草稿と共に、一冊になり居たり)
一、或問う、マグネチュス、追々発明ありや、今時療養にもせるよし、如何。
答て曰く、マグネチュス、元来法家に用い候具にて、神奇不思議なる器にして、人を誤る事多きを以て、諸国濫用を禁じ申し候、今を去る事三十年前、大貌利太尼亜医人メスメリス(人名)と呼る者、療養の為に一奇機を製造し、国王の免許を得て、病人に施し、多く
(筆者註・マグネチュスはマグネットいわゆる磁石のこと)
一、或問う、貴国にも、英出の者これあるや。
答て曰く、ベルグスティンと申者これあり候、我
(筆者註・窮天鏡は太陽観察用の望遠鏡)
一、或問う、月中の動物とは、いかようの物に候。
答て曰く、これはベルグスティンが、大発明の奇鏡を以て、月中を見候に、山谷原野、皆歴々とわかり候中に、少々の異同は、年々にこれあり、その平地らしき所、追々縦横のすじになり候処多くこれあり候、その中に一処、橋の如きものこれある所を、多人数往来致し候、人物は、たけ低く、形猿の如く、手足には毛はえ候様に見え申し候又都府らしき所もこれあり候。
一、或問う、
答て曰く、モリソンは
(筆者註・五車韻府は華文訳英文字典 を指す。周易は占術、書経は中国古代の歴史書、通鑑綱目は中国の歴史書、東華録は清朝の歴史書、西域碑文は西域諸国の碑文)
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