番外編④ ここから始まる

「これから、去山高校演劇部の引退式を始めます。」

引退式の司会である一美の宣言で厳かに式が始まった。演劇をしていると、日々は自覚しないままどんどんと過ぎ去っていってしまうようだ。気づけば学祭公演さえも終わって、その後に待つのは引退式だ。今日は3年生と部活をする最後の日で、世代交代の日でもある。外では葉桜が舞っている。式の冒頭にも関わらず、急に胸がざわつきだした。これから、心の支えだった3年生無しで進んでいけるのか、今までのことでわかっていたが、今の後輩は絶対に心が毅い。最低でも俺よりは。今までろくに後輩というものに関わって来なかったせいか、全くそういうものに熟達してこなかった。経験のなさからか、こみ上げる不安と鼓動は留まるところを知らない。

「これからは、今の2年生のみんなが1年生を引っ張っていく番です。先輩になりたての頃は、私達だって不安の方が大きかったです。しかし、今こうしてやれているので皆もきっと大丈夫です。期待しています。」

挨拶で由香里先輩が放った言葉に思わず息を飲んだ。今の剛毅に見える先輩たちですら叶わなかったのだから、俺達に、最低でも俺にできる訳はない。後輩よりも弱い先輩で良いのだろうか。いや、いいはずが無い。そもそも、そんな「年を食っただけ」の先輩は部活には必要ないのかも知れない。退部届をずっと昔に破ったことを少しだけ後悔した。胸がキリキリと傷んでくる。これは逃げだとはわかっている。でも、いっそ辞めてしまったほうが皆への負担も少ないのではないか? 引退式もある今日は流石に無理だろう。職員室に一度は行こうとしたが、躊躇した俺は普通に帰ることにした。既に落日が俺たちを包んでいた。久しぶりに、誰とも話すことなく歩いていく。後輩達は後輩達で話しながら歩いているが、彼らにも彼らなりの関係があるのだからこれでいい。

 帰途につき、帰っていく演劇部員達。もうすぐ駅へ着く運びとなって、俺ははたと気づいた。いつもの十字路で真っ直ぐに行くはずの育美が何故だか曲がって駅まで来ているのだ。先輩方と最後に何か話すのかとも思ったが、その様子も見受けられない。3年生を見送り、俺と二人になってからも何故かあいつは帰ろうとしなかった。

「あの、国之先輩。」

彼女は伏し目がちに沈黙を守っていたが、不意に口を開いた。相変わらずの喧騒の中で、彼女のその声はやけに響いて聞こえた。

「もしかして、先輩は部活を辞めようとしてませんか? 」

またも後輩に図星をつかれてしまった。そんなに俺は行動に出ていたのだろうか。これには素直にうなずかざるを得なかった。彼女はさらに言葉を続ける。

「国之先輩は、間違いなく2年生の中では一番話しやすい先輩です。1年生の皆もそう言ってます。もし部活をやめるんだとしたら、そんなみんなからの期待や信頼も裏切ることになるのはわかってますか? 」

「うん、まぁ。そもそも、なんで俺なんかのこと頼りにするんだ? 自分で思うほど頼りにはならないし、むしろみんなの足を引っ張ることばっかりなんだよ? これまでもこれからもそうなるとは思うし、そんな情けない先輩はいらない。だったら辞めてしまったほうが。」

ここまで言葉を吐き出すのも久しぶりだ。膿のように溜まったモノは後から後から流れていく。しかし、その言葉を遮るように育美が言い募る。

「先輩、人間は機械なんかじゃありませんよ。先輩が言ってるのはいわゆる理性的な部分です。損得とかそういうことも含んでますね。でも、人間には感情があります。それには説明がつけられません。私達は理性を超えたところ、多分感情で国之先輩が好きなんです。それに、助け合うのに先輩後輩は関係ありません。そんなことで悩んでたら、助けられるものも助けられなくなりますよ。…………私みたいに。先輩には、私みたいにはなって欲しくないんです。」

普段割と内気な彼女らしからぬ長広舌。俺は驚くしかなかった。でも、不思議と胸は暖かかった。「人間は感情を持っていて、理由が説明できないそれによって人は人を好きになる。」育美から受け取ったこの言葉が何故か胸に沈殿して消えない。

「これでもまだ部活を辞めるなんて言いますか? 」

「わかったわかった。もう言わないよ。ごめんね、心配かけて。」

思わず少し不憫になって、申し訳なくなって俺は言葉を返した。それを聞いた育美は、この日一番の笑顔で笑った。それはそれは満足そうな顔だった。

「なら、私がここに残った意味もありました。帰りたくないですね……。」

 そんなことを口走る彼女を尻目に、俺は自分を幾分恥じた。確かに人間誰しも理性だけ、損得勘定だけで人を好きになることは無いだろう。ましてやそういう物の薄い高校生同士だ。もっと相手のことを信じなくては。それがもしかしたら今後の芝居づくりにも役立つかもしれないのだから。これからどうなるかはわからない。でも、部活を辞めることは絶対にしないと決められた夏の日の事だった。月が世界を明るく照らす。

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ぱぁふぇくと みみハムこころ @1224spica

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