第7話

『もしかしてこれはあなたの傘ですか。』

突然の事に数秒ばかり何も言えず唖然としていると、その女性は私の目を不安げに覗き込んできた。


『すみません。もう雨止んだと思って傘を持たずに出かけたら本降りになってきてしまって、雨宿りをしていたらたまたま側に傘が置いてあったので勝手に使ってしまいました。』


女性は申し訳なさげに頭を下げた。


『いえ…確かにそれは私のものですが、よろしければどうぞお使いください。傘は他にも持っていますから。』


勿論嘘である。


『えっ…だめですよ。お返しします。ごめんなさい。』


女性はさしていた傘を私に差し出した。


『あっ、気にしないでください。それではあなたが濡れてしまう』


このような問答を何度か繰り返した。勿論この女性に傘を渡す義理などない。不用意に傘を持たずに外出した彼女の過失であって、わざわざ傘を取りに戻ってきた私が、そのまま傘を渡してしまうなどおかしな話である。だが、相手が女性であるからか、傘をそのまま受け取り雨の中この女性を置き去りにすることなど私には考えられなかったのだ。


続くーーー

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