第5話

困ったな。私は足早に今まで来た道を戻っていた。雨はすっかり止み雲間から太陽が覗き始めている。街が彩りを取り戻し始めていることに私は焦っていた。片手には乱雑にたたまれた傘。そして首にはあのカメラがかけられていた。

今からほんの数分前からこのカメラは私のものになった。今となってはとんだ荷物と少々手にしたことを後悔しているが、あの時はとても良い判断だと思えたのだ。今時誰も使わないであろうフイルムカメラだが、あの骨董屋の店主は気前よく替えのフイルムを五つもくれた。カメラ自体もたまたまあった私の持ち合わせだけでいいと店主は言い、手元の小銭だけで済んだのでなんとも得した気分だった。

眩い太陽に照らされ街に命が宿り始めた。

今日は一日雨だと天気予報では言っていたのに。

私は思わず目線を下げた。なんとしても街から目を背けたかった。不意に首元にかけていたカメラと目があった。するとなぜかわからないが、急にこのカメラのファインダーを覗きたくなってきた。私は傘を近くの壁に立てかけ、カメラを手にファインダーを覗き込んだ。

ファインダーの先には私が昔よく遊んだシーソーが見えていた。かつては鮮やかなピンク色をしていたが、今では雨や経年劣化によって当時の鮮やかさは失われていた。だがどうしたことか、ファインダー越しに見えるシーソーは、記憶にある当時のままの姿で写っているのである。理由はわからないが、なんとしてもこの情景を残したい。そう思った私は迷わずシャッターを押した。

もちろん骨董品のカメラだからうまく作動してくれる保証などない。だが私はそこから街のあらゆるものを写真に収めていった。不思議なことにこのカメラで覗くすべてのものが美しい輝きを放っていた。10枚程度撮ったところでフイルムは切れてしまった。ここで新しいものを入れ替えるのも面倒だったので私はそのまま家路に着いた。その道のりは今まで感じたことのない幸福感でいっぱいだった。私の目にはファインダーから見えたあの美しい風景が広がっていたからである。時間の経過を感じさせる要素などそこには何もなかった。今頭に浮かぶ唯一の不安はこのカメラに収めた写真がうまく現像されるだろうかということだけだった。


続くーーー

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