第50話 食事

「えぇ!? ジャイスさん、どうしたのですか?」

「いいから早く!」


 ルナは慌てて下に行き、受付の奥にある扉に入っていった。


「……おい、あんちゃん。これをどこで手に入れた?」

「別にどこだっていいだろ。それより、早く飯が食いたい。まだか?」


 自分から話しかけた癖に、ジャイスはケイの話を無視して、まじまじと素材を見ている。それから直ぐに、受付嬢のルナが少し老いた1人の男性を連れてきた。


「ギルマス!」

「どうしたんだ、ジャイス。ワシを呼ぶほどのことか?」

「あぁ、これを見てくれ」


 ジャイスはギルマスにホーンラビットの毛皮を1つ渡した。どこからどう見ても普通のおじいさん──の、はずが、素材を見た瞬間、幾千と戦い続けて来た戦士のような顔つきに変わった。


「お前さん……これがなんなのか、わかってるのか?」

「魔物の素材だろ。何回言わせんだ」

「これを本当に売るのかね?」

「はぁ……めんどくさい。もういい、早く会計しろ。俺達は飯を食いたい」


 何度も同じ会話を聞かされて、ケイはうんざりしていた。隣でユイも指を咥えて、食事を取っている人達の料理を狙っている。

 一方、ギルマスとジャイスはお互いに顔を見合わせて、頷いた。


「買取は出来る。だか、そのためにはギルドに入ってもらわんといかん」

「はぁ!? ったく、早く言えよ」

「入るにはまず、テストを受けてもらわねば──」

「ちょっと待った」


 ケイは右手を突き出して止めた。それを見たギルマスは話を中断する。

 ちなみに、左手は今にも飛び込もうとしているユイの襟首を掴んでいる。


「ギルドも入る。テストも受ける。素材も全部売る。ただし、飯が先だ。こっちは3日も食ってないんだ」

「……わかった。なら、先にそうしよう。食事代は買い取った代金でいいだろう」

「話がわかるじゃねぇか。ほら、ユイ、行くぞ。飯の時間だ」

「……!」


 今にも飛び降りて襲いそうなユイが、ご飯と聞いた瞬間、大人しくなった。ギルマスとジャイスは用があるからと先におり、そのまま、ケイ達について行き、別々の目的で動くために降りた1階。

 目的地は掲示板の反対側。テーブルが沢山並べられており、冒険者と見られる輩が大勢座っていた。


「……ん、ケイ、あそこ空いてる」


 ユイが指さしたのは、わざと空けられているとしか思えない場所。周りは冒険者達で囲まれており、ニヤニヤと輩共がケイ達を見ている。


「お、なかなかな良さそうだな。『王の威圧』」


 ケイは座っていた全員がピタリと動きが止まった。飲みのもを飲みかけていた者、近寄ろうとしていた者、ニヤニヤと見ていた者、食べながらさりげなく見ていた者。全員が身動きが出来ず、言葉話せない状態になった。


「さぁ、飯だ。ユイ、座ろうぜ」

「……ケイ、ちょっと酷い?」

「何を言う。食事のマナーだ。静かに食べることが基本だ」


 お互いに席に着ついて、落ち着いて話す。

 そんな2人とは反対に、掲示板で仕事を探していた冒険者達が異変に気がついた。さっきまで騒いでいた連中が、急に時が止まったかのように動かなくなったのだから。


「お、おい、なんだあれ?」

「だ、誰も動かねぇーぞ」

「どうした、どうした?」


 と、言った声がヒソヒソと聞こえてくる。だが、ケイ達は何も無かったかのように、振る舞い、近くにいた動いているメイド服を来た亜人に話しかけた。


「おい、注文いいかー?」

「……あ、はい! ただいま!」


 動かない輩を不思議そうに見つめながら、メイドが寄ってきた。黒の猫耳、黄色い猫目、クネクネと動く黒い尻尾。猫娘だ。


「えーと、ご、ご注文は……?」

「そうだな、ユイ、何が食べたい?」

「……肉」

「じゃあ、肉を頼むよ」

「か、かしこまりました」


 そして、待つこと約10分。


「お待たせ致しましたぁ♪ ステーキです」


 持ってきたのは、巨大な肉のブロック。ステーキと言うよりも、肉塊に近い。あらゆる所から油が溢れ出ており、上にはバターがトッピングとして乗っているだけ。


「つまり、こんがりと焼いた肉だな!」

「ギルマスからこれぐらいでいいと言われましたので……本当に大丈夫なんですか?」

「おう、ギルマスすげーな。なかなか話が通じる奴だな」

「……ケイ、早く!」

「おう、そうだな。じゃあ、早速──」


 2人は顔を見わせ、目の前の肉に向けて手を合わせる。


「「いただきます」」


 まずはケイが、肉を半分に切り、お互いに半分ずつ食べ合う。


「どれどれ……ん! こ、これは!!……これが味だ!」


 ちょっとばかり感動した。約1年ぶりの味がするご飯。バターが溶け、肉本来の旨みと柔らかさが合わさり、ハーモニーを生み出している。

「うまい……うまい……うまい! 肉だ。味のする肉だ!」


 感動し過ぎて、少し涙が出かけたケイの服を、クイクイっとユイが引っ張る。


「……ケイばっかりずるい」

「悪かったって。ほら、毒味だ。今切ってやるから、な?」


 幸いなことに、人間界ではナイフやフォーク、スプーンといった食器類が使われており、ケイは当然として扱えるが、ユイはケイの記憶で見ただけで使い方には慣れていない。また、熱い物は少し苦手なため、そのまま被りつくことが出来ない。


「ちょっと待ってろよ」

「……早く♪ 早く♪」


 半分にした肉をさらに6等分に切って、それをフォークで刺して、そして最後にふぅふぅと冷まして、ユイの口に近づける。


「ほら」

「……はむ……っ!! こ、これは……」

「どうした?」

「……お、美味しい。今までよりもずっと……」

「だろ? これが美味さだ」

「……な、なるほど」


 こうして、3日間何も食べずに歩き続け、空腹を耐えた先に食べれたお肉で腹を満たす。と、言うことはなく──。


「おーい、おかわり」

「……おかわりー!」

「えぇ!? た、食べ切った上におかわり!?」


 約10分ペースで無くなっていく巨大なブロック肉は、2時間もすれば底を着き、それでも止まらなケイ達の食欲は、ギルドの在庫全てを食べ尽くした。


「おい、ねぇーちゃん! エールおかわりー!」

「……ぷはぁ! ん、私もー」

「お、お客様方……もう、在庫が……」

「あぁ!? なんだと?」

「……むぅ、これぐらいで無くなるとは……少食?」


 ケイ達の周りは積み上げられた食器が5つほど出来ており、合計で1000皿を越した。


「まぁ、そこそこ膨れたからいいか」

「……むぅ、デザート……」

「はいはい、また今度な」


 あやす様に軽く頭を撫でる。ユイもそれに応じるように尻尾をフリフリとさせる。


「あ、あの〜」

「なんだ? まだ、食べれる物があるのか?」

「お、お会計を……」

「あぁ、そう言えば、交換がまだだったな。ギルマスいるか?」


 ギルマスはタイミングを見計らったかのように、受付の扉の奥から顔を出した。


「ちょっとこっちへ来い」


 ギルマスはただ一言だけ、そう言って部屋に帰った。


「え、お勘定……」

「悪いな、ちょっと待ってくれ」

「……ん、待って」

「えぇー!?」


 ケイ達は奥に部屋に入り、扉を閉めた。そのタイミングを見計らったのを見て、猫娘は叫んだ。


「今日はなんなんですかー!? 食事してた皆さんが動かなくなって、他の人は出ていって、お金は貰えない……ありえない! ありえない! ありえなーい!! そ、そんなのってありなのかニャー!?」


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