第38話 それぞれの思い
魔界の王様。つまり魔王様がいる山岳地帯は、当然普通の場所ではない。王には王らしい場所がある。
「……ケイ、体が軽いから浮いちゃう」
「全くだ。気を抜いたら足が直ぐに引き上げられる」
「……むぅ、これじゃあ水も飲めない」
引っこ抜いた草が、小さな石ころが、土器で作った水筒の水が、何もかもが重力に逆らうかのように上がっていく。
重力が逆転するほどの力、俗に言う反転した世界。ただし、ある程度の物しか上に上がらない。
「しかし、凄いな……これが魔王様の力だってのか?」
「……そう、私の『気配察知(極)』に引っかかってるから間違いない。あと、周りに8体ぐらい同じようなやつもいる」
「ん? それって魔王クラスが9体もいるってことか?」
「……そういうこと。あ、1人はママだ」
「ますます訳が分からん……とりあえず、この重力は魔王のやつでいいのか?」
「……ん、間違いない」
ブツブツと文句をいいながら歩いていると、後でユイは既に慣れたのか水筒の水を調節して、浮いた飴玉のような水もパクッと食べる遊びを始めていた。
「……こんな水の飲み方、始めてした」
「俺もこんな水の飲み方をするやつなんて初めて見たよ。それより、ユイ。技能を解除してインターバル分を回復しとけ」
「……それ、毎日やらないとダメ?」
「万全で迎えるためにだ」
「……そんなこと言って、また1人でどっか行くでしょ」
バレて以来、ユイの疑いの目がケイを拘束している。これはずっと一緒に過ごすといった信頼や信用に近いものと、離れることは許さないという束縛でもあり、ケイは抜け出せなかった。一緒に修行するとは、差が縮まないと道理なのだから。
「はぁ……最近、ユイの目は鋭いな」
「……やっぱり」
「じゃあ、お互いに背中を預けたまま寝よう。もう、ここまで来るのに疲れた」
実際、ケイは無茶をしていた。魔王様に近づく度に魔獣のレベルは段違いに強くなる。特に最近までいた嵐と魔獣が住む地帯。1体1体が、追い詰められるほど強い。
力の測り方は単純にケイの『威嚇(極)』だった。相手が強ければ強いほど効果は薄くなる。その地帯の魔物は、発動して10秒で破れる程の実力者がざらにいる地帯だった。
「……ん、わかった」
「よし、決まりだ。まぁ、あいつらのおかげでここまで強くなれたけどな……」
「……だけど、半壊近くさせちゃった」
「まぁ、そんなこともあるだろ」
背中を合わせて座る2人。空には満天の星空。魔界では滅多に見れない景色がそこにはあるのに、ユイはケイの背中越しでコソコソと何か作業をしている。
「ユイ、綺麗だぞ……」
「……ほ、ほんと……?」
「あぁ、見てみろよ。満点の星空だ……すげぇ」
「……むぅ、ケイのバカ!」
ユイは後ろにある大きな背中に思いっきり、肘を当てる。勘違いをしてしまった自分が恥ずかしいと思いつつも、少し嬉しかった。
これまでに色んなことがあった。危ない時、自暴自棄になりかけた時、不安な時にいつも居てくれた。ケイの優しさを、思いを知っているからこそ、たとえ勘違いだとしても嬉しいと思えてしまう。
「前々から思ってたけど、俺が見てない間に何してんだ?」
「……内緒」
「あまり深く聞かない方がいいか?」
「……ん、お願い」
「……そうか、わかった」
ユイが何をしているのかは、ケイも知らない。誰にだって秘密がある。ケイにだって5、6ヶ月前まで秘密があったのだ。お互いを知りつくしても触れてほしくない部分か必ずある。だから、無理には聞かない。
そんな間にも、せっせとユイは作業をしているが、ひと段落着いたのか、「ふぅ」とひと息つく。
「……ねぇ、ケイ」
「なんだ?」
「……星、綺麗だね……初めて見た」
「だろ! こんな綺麗な場所で寝れるのはなかなかないからな……いつか、そんな場所に住みたいもんだ」
「……だったら、いっし──」
ユイは途中で言うのを止めた。心の中がざわいついたのだ。ユイは、その正体を既に知っていた。出会った時からわかっていた。母親に聞かされた世界の真実が、持ちたくなかった不安を加速させたのだ。
「? だったらなんだ?」
「……なんでもない」
「どうした? 大丈夫か?」
「……大丈夫。もう寝る、おやすみ」
ユイは思う。思ってしまった。
種族が違うこと、自分の思いがケイの復讐の邪魔になっていること、ケイとは偶然に出会っただけで、本当は一緒にいてはいけないこと。
そんな思いが、ユイをさらに不安にさせる。だから、さっきも「一緒に住もう!」という言葉が出なかった。
背中越しにいるのが安心し、すぐさま眠りにつく。その前に、ユイは聞こえない程度に小さくボソリと呟く。
「……離れたくないぉ……ケイ」
満点の星空の元、2人の化け物は、お互いに背中を預けながら静かに眠りにつく。
1人は知らず知らずの内に涙を流しながら、もう1人は──
「だから、頑張ってんだろ? どこにも行かねぇよ……全くいつからだろうな」
復讐を忘れた訳ではないが、いつしか大切な人を無くさないように、守れるようにと頑張ってきたのは、本当に「いつから」なのだろうかと呟く。
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