第2話 「恋愛に至る病」

初めて殺したのは一年記念日の日だった。

よく覚えている。日曜日だ、そう㋈21日の日曜日だ。

その日、9時ちょうどに目を覚ました。カーテンの間からは太陽の光が差し込み、彼女の寝顔を神々しく映していた。


「おはよう。」

「おはよう。」

彼女はまだはっきりと意識は無いようだ。「うーん」と少しのびをしている彼女はとてもいとおしい。


台所に向かい、朝食の用意をする。サラダとヨーグルト、牛乳。僕らの朝食はいつもこんなものだ。ざくざくとレタスをかみ砕き、牛乳を流し込む。ふと視線を上げると彼女が笑顔でこちらを見ていた。

「どうしたの?」

「うーうん。うんとねー。好きだなあって思って。」

「僕もだよ」

「知ってる。」

ふふっと薄く笑い、彼女はヨーグルトをくちにはこんだ。


食事を終えると僕らは荷造りを始めた。リュックサックの中にレインコート、使い捨てのゴム手袋、真っ白なタオル、そして綺麗にとがれた刃渡りが30cmほどの包丁。

「行こうか。」

僕はお気に入りの水色のYシャツに黒のスキニーのズボン、彼女は僕の大好きな白のノースリーブのワンピース。


袖からすらりと伸びた腕は真っ白で、うっすらと血管が浮かび上がっている。

天使と見まがうほどの美しさ。神々しく光っている肌をそっとなでると彼女は少しくすぐったそうにした。

僕らは一年記念日の今日、互いの愛を確認するために、隣のおばさんを殺すことにした。

二人で一つの犯罪を犯すことでお互いが離れられないようにしようと話した。

彼女は素敵な提案ね、と無邪気にはしゃいでいた。

名前はたしか佐々木さんだ。気のいい人で引っ越してきたばかりの僕らにいつも料理をくれたり、家で飼っていた犬を旅行中に預かってくれたりした。犬は半年記念日に殺した。


佐々木さんちの勝手口はいつも鍵が開いている。

「なにかあったら勝手口から入っちゃっていいわよ。インターホンたまに聞こえないのよ」

以前上品そうな笑みを浮かべながらそう話していた。どこに自分を殺すやつがいるかもわからないのに暢気なものだ。


勝手口の前で僕らはレインコートとゴム手袋を身に付け、包丁を手にした。

音を立てずにゆっくり開ける。こちらに背を向けるようにして佐々木さんはTVを見ていた。こっちには全く気が付いていないようだ。

TVにはニュースでよく見るコメンテーターがよく聞くようなコメントをしていた。


                            ゆっくりと

               静か       に

僕ら は 歩を     進めた。

「              どっ                   


                       」

包丁を通してそんな音が伝わってきた。佐々木さんの肩からは僕と彼女あわせて計2本の包丁が生えている。幼稚園児がかいたような不出来な天使の様だった。

佐々木さんは状況をつかめていないようで、「ぎぎぎ」と音を立てんばかりに、ぎこちなく振り返った。

「こんにちわ。」

挨拶は大事だ。

挨拶はすごく大事だ。

すごく大事だから、ちゃんとしようねと話をしていた僕らは、ちゃんと挨拶をした。

ぼくらは再び包丁に手をかけると、まっすぐ下に引き下した。


「ずぶずぶずぶ」と筋肉と包丁がかみ合う音がする。皮膚の裂け目からピンク色の肉が露わになり、それを隠さんとばかりに血が「どぶどぶ」と溢れてきた。佐々木さんははじめ少し痙攣していたが、すぐに単なる塊になった。


「初めての共同作業だね」

「うん。」

彼女を見やると、とてもうれしそうだった。

僕は彼女の頬をそっと包み込み、口づけをした。長く甘い口づけを。彼女もまた僕の頬を両の手で包み込んでいた。

互いの顔には真っ赤な血糊がついている。彼女の肌の白と黒みがかった赤のコントラストはこの世のものとは思えなかった。この世のものとは思えないほど美しかった。昨日までの彼女は穢れなき純白の天使だった。今の彼女はさながら小悪魔だ。


妖艶で、死を纏い、闇の中で蠱惑的な笑みを浮かべる小悪魔のようだった。人の死と言うのは、なぜもこんなに彼女を魅力的にするのか。僕は今晩、コーヒーを飲みながらゆっくり考えることにした。

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たとえばそれは一つの愛であって @mtkmti

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