第42話 相談
ピンポーン
俺は、とある家の前でインターフォンを押した。
ってか、本当に住んでたんだな……
「はーい」
インターフォン越しから陽気な声が聞こえてきた。
「あ、広瀬さん俺です。青谷です」
「おぉー青谷君! どうしたのうちの来るなんて珍しい。あっ、もしかしてついにお姉さん成分が足らなくなっちゃって補充しに来ちゃった?」
「相談を聞いて欲しいんです。スペシャルヒューマンの」
「なーんだ。そう言う話か」
広瀬さんの声が一瞬で冷たくなったのを感じた。
「どうぞ入って、鍵開けたから」
玄関のドアがガチャりと空いた音が聞こえた。
「ありがとうございます」
インターフォン越しにペコリと一礼してから玄関の扉の前まで進み、ゆっくりとその扉を開けた。
「お邪魔します……」
恐る恐る顔だけを入れて中を確認すると、薄暗い廊下の先に、光が伸びている。
どうやら、広瀬さんはリビングにいるようだ。
ってか、俺の家と本当に間取りも一緒で変わらない。
置いてある家具や小物が違うだけで、外観はほとんど変わらない。それもそうだろう。ここは俺が住んでいるタワーマンションの二つ下の階。
まさか、広瀬さんもここに住んでいるとは……
「こっちだよ~」
すると、リビングの方から広瀬さんの声がかすかに聞こえた。どうやらそちらまで向かっていいらしい。
「失礼します……」
俺は恐る恐る靴を脱いでから廊下を歩いていく。
そして、リビングのドアの前で一瞬立ち止まり、生唾を飲み込んでから意を決してドアノブに手を掛けてドアを押し開ける。
「青谷く~ん!」
「どわっ!」
ドアを開けた瞬間、広瀬さんが甘えるようにして抱きついてた。
広瀬さんの柔らかい身体がむにゅっと当たり、ふわっと優しいいい香りが漂って来て、頭がくらくらしそうになる。
「ちょ・・・・・・広瀬さん!?」
「会いたかったよぉぉぉ!!!!」
広瀬さんはめいいっぱいの力で俺を抱きしめて離さない。
しばらくなすがままになっていると、ようやく背中に回していた手をほどいてくれた。
「もう、青谷くん成分が足らなくて欲求不満だったんだからね?」
元AV女優がそう言うと色々とシャレにならないから困る。
ってか、欲求不満って成分が足らないだけだよね?
会いたかったってだけだよね??
「その、俺に会えなくて寂しかったのは十分に分かりましたから……」
とりあえず、俺の肩を掴んでいるのを話してほしい。
広瀬さんの顔が俺の顔の真正面にあって、当たりそうな距離にあるのでドキドキしてしまう。
広瀬さんは、俺が思っていたことを感じ取ったのかは分からないが、俺の肩を掴んでいた腕を話して距離を取ってくれた。
俺がふぅっと胸を撫でおろすと、広瀬さんはニコっと微笑みを浮かべた。
「それで? 私に用があるって?」
「あ、はい……」
一気に俺が神妙な面持ちになると、広瀬さんは何かを察したのか、突然キッチンの方へと向かっていき、何かを作業しだす。
「立ち話もなんだし、ゆっくり話しましょう。 ここには私たち以外誰もいないわけだし、ね?」
そう言いながらお茶菓子か何かの用意をし始めた広瀬さん。まあ、俺も今日は相談のために来たんだし、そこは広瀬さんの提案に乗っかることにした。
壁側に置かれた真っ赤のソファーに案内されて座り、広瀬さんがお茶菓子を前のテーブルに置いて、俺の隣に座ったところで、ようやく本題に入る。
「それで? スペシャルヒューマンの相談って何かな?」
「はい……その、実は……」
俺は、岩城さんに言われたことを広瀬さんに簡潔に話した。
すると、額に指を当てながら深いため息を吐いた。
「全く……高校生の子に難しいこと言って。だから頭が固いっていつも言ってるのに」
呆れたようにそう言うと、今度は優しい視線を向けてきた。
「まあ、今のうちはそんなこと考えなくても私はいいんじゃないかって思ってるんだけどね。おそらく私が言うことを聞かなかったから、心配なんでしょうね青谷君のことが」
そう言えば、岩城さんは広瀬さんの教育係もしていると言っていた。そして、広瀬さんがアダルト業界へ足を踏み入れようとしているのを最後まで止めようとしていたとも言っていた。やはり、二人の間に何かあるのではないだろうか?
「広瀬さんはAV業界に入るって決めた当時は、岩城さんはどんな感じだったんですか?」
「そうね、すっごい反対された。私、小さい頃に両親が離婚して母の方について行ったんだけど、高校生の時に病気で亡くなって。それからはお金を貯めることに精いっぱいだった。だからかなぁ……スペシャルヒューマンに選ばれたときも全然うれしくなかったんだ。生活が変わるからとか将来が確約されてるとか、こんな自分でいいのかなって……そんな時に現れたのが優実先生だった」
広瀬さんは何処か遠くを見るように振り返る。
「その時優実先生すっごく厳しくてさ! まあ、私が今まで適当に暮らしてきたから、礼儀作法とかもほとんどやってこなかったし、かたっ苦しくてしょうがなかったんだよね~」
「あぁ……なんとなく想像がつきます」
俺にだって厳しいのに、能天気な広瀬さんに教えるのはもっと大変だったんだろう。
「それで私は、スペシャルヒューマンっていう自分の肩書が嫌になっていった。だから、一種の反抗期だったのかもしれないわね。昔のように普通の生活に戻りたい。そう思って、勝手にAV出演の打診を送ったの。そしたら、一発で通っちゃってさ。で、先生とは猛喧嘩。結局最後は私が押し切る形で勝手に出演してAV女優になっちゃったけど、先生は今でもそれを悔やんでるんだろうね。スペシャルヒューマンとして私を育てられなかったことに……」
そう言い終えると、広瀬さんの表情は少し曇ったような暗い表情になっていた。
もしかしたら、両親を亡くしてから、岩城さんは母親代わりのような存在だったのではないか?
岩城さんも逆に、広瀬さんのことを娘のように思っていたのではないだろうか?
「そんなことがあったんですね……」
「だから、今からどんなスペシャルヒューマンになりたいかって聞いてくるのは、恐らく彼女にとっての愛情の裏返し何だと思う」
「だけど、スペシャルヒューマンじゃないから、その苦しみがわからないと」
「そういうこと。まあ、先生の場合は頭がダイヤモンド並みに硬いから、融通がきかないってこともあるけどね」
そう愚痴を零す広瀬さんの表情はどこか優しさが入っているような感じがした。
「それで? 青谷君はどうするの? もちろん、私と一緒に聖域の絶対領域の道に進んでくれてもいいんだよ?」
からかうようにして上目づかいで見つめてくる広瀬さんを直視できず、俺は咄嗟に目を逸らす。
「いや……俺は……」
すると、広瀬さんがちょこんと俺の肩に頭を預けてきた。
「ま、別にハーレムルートに入るか、誰か一人に絞るかは、後で決めてもいいんじゃない? むしろ重要なのは将来どういう道に青谷君自身が進んでいきたいかだから」
「俺が……進みたい道」
「そう、その信念が太くて曲がらないって姿を見せれば、先生もきっと許してくれると思うよ」
「曲がらない……信念」
俺が将来どうなりたいか……
そんなのは、もう決まり切っている。
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