第43話 岩城さんと舞子さん

 ピンポーン


 俺は再び違うお宅の前でインターフォンを鳴らしていた。


「……はい」


 きりっとした声がインターフォン越しから聞こえてくる。


「こんにちは、岩城さん。天馬です」

「あら、天馬君。どうかしましたか?」


 俺は一度深呼吸してから、インターフォンのカメラを真っ直ぐ見つめて言い放った。


「聞いて欲しいことがあります。俺のスペシャルヒューマンとしての在り方について」


 そう言い切ると、しばしの沈黙のあと、インターフォン越しから小さなため息が聞こえた。


「わかりました。どうぞおあがりください」


 そう言われて、ガチャリとカギが開く音が聞こえた。


「失礼します」


 俺は丁寧にお辞儀をしてから、玄関へと向かう。


 ここはタワーマンションの10階ほどの高さにある岩城さんの仕事場兼住居。

 俺や広瀬さんが住んでいるところよりも、一般的な廊下にエレベーターボールに家のドアが何個も並んでいる。


「お邪魔します」


 ガチャリとドアを開けると、腕を組んで仁王立ちをしながらこちらを見下すように睨みつける岩城さんの姿があった。


「全く。家まで押しかけなくてもいいのに……」


 ピシっとした身のこなしで、いつもと変わらぬスーツ姿だ。


「すいません……ってか、家でもスーツ着てるんですか?」

「今は仕事中ですから、いつ何時緊急の用が入ってもいいように、心がけてますから」


 そう言いながら、赤縁眼鏡をクイっと押し上げる。


「こんなところで立ち話もなんですし、どうぞおあがりください」


 そう言って、端に置いてあったスリッパを差し出してくれる。


「ありがとうございます。失礼します」


 そう言って、俺は玄関にしゃがみこんで、丁寧に靴を脱いでからスリッパをはいてリビングに向かった。


 リビングに入ると、生活感あふれる普通の1DKの空間が広がっていた。

 今住んでいる家と比べるとかなり狭く感じてしまうが、昔住んでいたアパートに似たような、どこか懐かしさを感じる。


「どうぞ」


 岩城さんに促されるままにテーブルの椅子に座る。

 机の上にはノートPCと様々な紙の資料やファイルなどが積まれて置かれている。


「今飲み物を用意いたしますわね。紅茶でいいかしら?」

「はい……」


 キッチンで岩城さんが用意している間、俺はキョロキョロと部屋の中を見渡す。


 リビングにはタンスとテレビ以外、モノはあまり置いておらず、隣のダイニングにベッドとテレビが置いてある。

 リビングでは来客がいつ何時に来てもいいように整理整頓されているようだ。

 そんな中で、俺は一つの写真縦に飾られている写真に目をやった。

 そこには岩城さんともう一人美人な女性の姿が映っていた。


「これって……」


 俺は目を疑った。そこに映っているのは、俺が良く見知った人物だから。


「どうぞ」

「あ、ありがとうございます」


 岩城さんはいれたての温かい紅茶を差し出してれた。

 俺は恐る恐る口を開いて尋ねた。。


「あのぉ、そこにある写真って……」


 俺が指さした方を岩城さんは見て、あぁっと何とも言えない声を漏らす。


「舞子さんとは大学の先輩後輩の中でね、昔なら面倒をよく見てもらっていたのさ」

「そうだったんですか」


 衝撃の事実だった。舞子さんと岩城さんが旧知の仲だったとは。

 岩城さんは懐かしむように語りだした。


「舞子さんは品行方正、文武両道で明るくて人当たりもよくて、誰からも信頼を得られるような完璧超人だった。それはもう、何人もの男からお付き合いを申し込まれていたわ」


 そりゃそうだろう、なんせ舞子さんは俺の自慢の母親なんだから。


「私も舞子さんのように人望の厚くて、だれとでもフランクに話が出来るような人になりたい。当時はよくそう思っていたわ」


 岩城さんにとっても、舞子さんは憧れの存在だったのだろう。


「だけど……そんな時だった」


 だが、急に岩城さんの声のトーンが一気に暗くなる。

 しばしの沈黙の後、岩城さんは現実を受け入れるようにして口を開く。


「舞子が結婚するって言いだしたの……そう、あの男のせいで……」


 岩城さんが口調が一気に崩れ、きゅっと唇を力強く噛みしめる。

 あの男とは、言わずとも奇しくも俺の父親になってしまったクソ野郎、天馬のり男のことだろう。


 俺は両親から馴れ初めを聞いたことがない。というか、聞いてはいけないような気がした。二人が語りたがらないということは、そんなにいい馴れ初めではなかったということになるから……


「岩城さんは、当時の二人のことを知っていたんですね……」


 俺が独り言のように呟くように言うと、岩城さんはふぅっとため息を吐きながら頷いた。


「えぇ、あの男は既にその時からクズ野郎だった。仕事もせず、何人もの女を手玉に取って女の家を転々としてやり過ごしてる最低な野郎だった。周りからは、『絶対にあの男と一緒になっても幸せになれないからやめた方がいいって!』って、忠告もした。でも、舞子さんはそれを断固拒否し続けた。『彼を信じてるから』といって」

「そうだったんですか……」


 当時舞子さんはどんな思いで奴を待っていたのだろうか?

 俺にもわかりかねる。


「そんなことが続いていたある時だった。急に舞子が言い出したの。結婚して大学辞めるって」

「えっ!?」


 それは初耳だった。親父からはよく『コイツは一流大学を卒業した凄い奴なんだ。エリートだ』って自分の事のように言ってたから。


「「急にどうして?」と私は問い詰めた。だけど、彼女は苦笑いを浮かべるだけで本当のことを言おうとしなかった。結局彼女は、大学を休学という形で一度姿を消したのよ。それから2年後のことだった。突如として大学に彼女は復帰した。結婚して、一人の子供を産んで」

「えっ、それって……」


 俺は言葉が出なかった。だって、今まで知ることのなかった、衝撃的な出来事だったから。


「舞子さんは大学を休学してでも、アイツとの命の子を産む決意をした。そう、あなたを生む道を選んだのよ」

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