第32話 最後の恋

 藤堂さんが向かったのは、駅前からほど近いショッピングモールだった。


 海っ端に面して建てられているそのショッピングモールの1階に、フードコートがあった。

 そこで、藤堂さんは席を確保して、俺と一緒に座った。


「あんたは何か食べる?」

「いやっ、俺はいいや」

「そ」


 そう言い残すと、藤堂さんはテニスラケットの入ったテニスバッグを机に立てかけるように置いて、財布だけ持ってその場を立ち去って何かを買いに行ってしまった。


 閉店近くなので、フードコートに人はほどんどいなかった。

 俺以外には、2、3組ほどの高校生と社会人がちらほらいるだけで、閑散としていた。


「おまたせ」


 藤堂さんはストローのついた紙コップのドリンクを買って来て着席した。

 チューチューストローで、そのドリンクを何度か飲んで、テーブルにおいた所で、ようやく話を切りだした。


「その…この間の件なんだけど…」


 この間の件と言うのは、おそらく俺がスペシャルヒューマンであることを利用して告白してきた一件だろう。


「まあ、あの時は俺も少し言いすぎた。悪かった…」

「ううん、私こそあんたの気持ち全然わかってなかった…ごめん」


 二人の間にしばしの沈黙が流れる。

 俺はチラっと藤堂さんを見やると、しょんぼりとして顔を俯かせていた。


「私さ…」


 すると、藤堂さんは俯きながら語りだした。


「本当は、クラスであんな悪目立ちしたくないし、もっと普通に生活したかったんだ・・・でも、気が付いたらクラスのみんなに勝手に祭り上げられちゃってこうなってた」


 俺は腕を組みながら藤堂さんの話を聞いていた。


「だから、普通にクラスの人気者で、誰とでも人当たりがいい綾瀬さんがあんたと付き合ったって聞いて、正直むかついた。どうしてよりにもよってあんた何だろうって・・・ねぇ、あんたはどうして綾瀬なわけ?」


 それはまるで、どうして私じゃなかったのと暗に言っているような口調であったが、それは俺の勘違いだろう。だって、藤堂さんは誰かに言われて渋々俺に告白をしてきたのだから。ただ、藤堂さんの真剣な表情しつられて、俺も思わず神妙な顔になる。


「望結・・・綾瀬さんは、俺にとって最後の恋なんだ」

「最後の恋?」

「俺はスペシャルヒューマンという政府から与えられたレッテルによって、それなりに国から待遇される立場に置かれることにはなった。けど、自由を失った。将来もある程度決められ、ある意味国から操られているような存在になった。もちろん恋愛でも、スペシャルヒューマンだって聞いただけで、たかって寄ってくる女は沢山いる」


 藤堂さんはテーブルにひじを置いて、真剣な眼差しで俺の話を聞いている。


「でも、綾瀬さんだけは俺がスペシャルヒューマンだって知る前から好きでいてくれた。俺のことを普通の人として好きになってくれた。だから、俺はこの最後かもしれないチャンスを逃したら一生後悔すると思ったんだ」

「最後の恋か・・・」


 藤堂さんは、俺が言った一言を噛みしめるようにつぶやいた。そして、少し頬を赤らめて落ち着きがない様子だ。


「そ、それじゃあさ・・・今までの恋は?例えば、最初の恋は本当の恋と言える?」


 藤堂さんは恥ずかしそうに俺に問いてくる。最初の恋・・・か。

 俺はしみじみと小学校の頃を思い出す。


「そうだな・・・あの時は、利き手恋愛なんて存在してなかったし、普通に恋できてたんじゃねーかな?」


 小学校の頃。可愛くて、男の子からよくいじめられていたあの女の子、元気かなぁ~


 よく二人で遊んでたなぁ・・・名前は確か・・・


「あんたの家って、どこにあるの?」


 すると、突然藤堂さんが突拍子もないことを聞いてくる。


「はい?」


 何か聞き間違えたのではないかともう一度聞き直す。


「だ・か・ら!あんたの家よ!」


 聞き返しても、答えは変わらなかった。藤堂さんに家が何処かを聞かれていた。


「どこって・・・まあ、ここから歩ける位置にはあるけど・・・」

「ふ~ん・・・」


 藤堂さんはストローを咥えながら、何か考えこんでいるようだったが、ストローを口から話して席を立ちあがると、テニスバックを持ち上げて俺を上から見下ろした。


「いくよ!」

「へ?行くって?」

「決まってるでしょ!あんたの家によ!」

「・・・はい?」


 俺の家に行く?どういうこと??


 藤堂さんの行動が読めない。


「いや、でも・・・時間も遅いし・・・」

「何か言った?」

「い、いえ!なんでもありましぇん!」


 鬼の形相で睨みつけられたせいで、噛んじゃったよ。藤堂さん怖すぎ・・・

 これ以上藤堂さんに反論できないと悟り、俺はびくびく怯えながらも、藤堂さんを家に連れていくしか選択肢がなかったのであった。

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