第33話 初恋

 夜も遅いため、タワーマンションの前の通りは、閑散としており、辺りに見えるのは俺と藤堂さんだけしか見受けられない。


 タワーマンションを一瞥して、藤堂さんは関心したような声を上げていた。


「へぇ~あんたこんないいところに住んでたんだ」

「まあ、スペシャルヒューマンの手当てでな。前は、もっとおんぼろのアパート暮らしだったよ」

「ま、いいや。さっさと案内して」


 藤堂さんの態度に少しイラっとしつつも、顔に見せられない葛藤を感じつつ、藤堂さんをタワーマンションのエレベーターホールへ案内する。

 そこから、エレベーターに乗り、上へと進んでいく。


 そして、最上階に到着して、目の前に大きな扉とTENBAと書かれた表札。

 俺はカードキーをかざして施錠を解除する。


 広々とした玄関まで進んで、藤堂さんを招き入れる。


「どうぞ」

「おじゃまします」


 ムスっとしながらも、藤堂さんは靴を脱いで、家の中に入った。



「あんたの部屋どこ?」

「え?あぁ、こっち・・・」


 長い廊下の途中にある左側の扉を指さすと、藤堂さんはためらうこともせずに部屋のドアを開けて中にないってしまった。


「ちょっと、藤堂さん!?」

「少し確認したい事があるの、小学校の時の卒業アルバムって持ってる?」

「え?あぁ、多分ここにあると思うけど・・・」


 俺は押し入れの中からガサゴソと小学校の卒業アルバムが入っている段ボールを取りだした。


「ドンドン何の騒ぎですか?」


 ドンッ!


「アイテッ!」


 急に第三者の声が聞こえて慌ててしまい、思い切り頭を上にぶつけてしまう。

 後頭部がじんじんと痛むのを手で抑えながら声の方を向くと、そこにいたのはいつもの赤縁眼鏡にスーツ姿の岩城さんだった。


「全く、帰ってきたならリビングに来て一言くらい…」


 岩城さんは部屋の中に見慣れぬ人物を確認して固まった。


「え?誰?」


 藤堂さんも怪訝そうな様子で岩城さんを睨みつけた。

 岩城さんはクイっと眼鏡をおさえてから、咳払いをして俺を睨みつけた。


「今日のところはお暇します。青谷君は明日、よぉぉぉぉぉく覚えておきなさい」


 あっ、ヤバイ…これは確実にサボる口実として女の子を家に連れ込んでると勘違いされている。明日は岩城さんの雷が落ちそうだな…


 そんなことを考えている間に、誤解を解く暇もなく岩城さんは玄関の扉をバタンと閉めて出ていってしまった。


「誰…あの人?」


 藤堂さんが訝しむような目で聞いてくる。


「俺の家庭教師だよ。ほら、スペシャルヒューマン専属の」

「へぇ~」


 俺が説明すると、藤堂さんは興味なさそうな返事を返す。


「よいしょっと!」


 その間に、タンスの中から段ボールを取りだして開封した。


「えっと・・・あっ!あったあった」


 段ボールの中から、小学校の卒業アルバムを見つけ出して、藤堂さんに差し出した。

 藤堂さんはその卒業アルバムを受け取ると、パっと目を見開いて驚いたような表情になり、卒業アルバムのページを開いて何かを探していく。

 そして、とあるページでピタっと止まり、一点を見つめ続ける。


「やっぱり…」

「えっ??」


 藤堂さんは開いたページでその卒業アルバムを見せてきた。

 そのページは、とあるクラスの個人写真が載っているページだった。


「ここ見て」


 藤堂さんが指さす場所を見ると、そこにいたのは、幼さが残る黒髪ロングの美少女だ。そして、その女の子の名前は『原麗華』・・・原麗華・・・はっ!?


 どうして今まで思いだすことが出来なかったのか、俺はあの頃のとある場面が鮮明に脳内で蘇る。



 ◇



 あれは、秋ごろの夕暮れ時の川沿いにある公園での出来事だ。

 いつものように、その女の子と二人で外で元気に遊んでいて、ブランコに乗りながら夕陽を眺めていた時だ。


「ねぇ、青谷!」

「ん?どうした?」


 彼女は立ちこぎでブランコをこぎながら大きな声で尋ねてきた。


「私の事好き!?」


 俺はブランコを漕ぐのをやめて、彼女の方を一瞬見てから再び前を見て考えた。


「うん、大好き!」

「ホント!?」


 すると、彼女は漕いでいたブランコから飛び降りて、俺の乗っているブランコの目の前まで、駆け寄ってきた。

 そして、満面の笑みを浮かべて・・・


「それじゃあ、これからもずっと一緒!約束!」


 といって、小指を差し出してきた。


「おう!」


 こうして、俺とその子は指切りを交わして、約束を交わした。


「将来、大きくなったら、私青谷と結婚する!」


 そう言って、彼女はニコっと微笑んだ。


「うん!俺も、麗華と結婚する!」


 そう俺が返事を返したときの麗華の表情は、ニコっと微笑みながら、夕陽のせいなのか頬が赤く染まっているような気がしたのであった。



 ◇



「まさかお前・・・」


 完全に思い出した俺は、目を見開いて確認めいたように目の前にいる彼女を見つめる。


 彼女は恥ずかしそうにしながらも、ニコっとした笑みで俺を見つめてきた。


「そうだよ・・・あの時の約束、思い出してくれたんだ・・・」


 目の前にいる藤堂さん…いや、原麗華は間違いなく俺が小学校の時に初恋をした女の子。

 そして、5年という時を経て、藤堂麗華として俺の目の前に現れたのであった。


 もし、もし藤堂さんが言っていた最初の恋が本物だったとするならば…俺は藤堂さんのことを…


 俺の頭の中は真っ白となり、ただただ目の前にいる藤堂さんを見つめることしか出来ないのであった。




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