第30話 絶不調稲穂
同盟が締結された早朝からしばらく時間がたって、俺は学校にいつも通り登校した。
広瀬さんは何事もなかったように自宅へと帰り、望結は俺と一緒に家を出て、一度自宅へと帰った。学校は午後から登校するとの事だ。
朝のHRの直後、担任から呼び出されて校長室へと向かい、トップチーム参加のための面談を受けた。
結論としては、俺は無事にトップチームへの練習参加が許可された。
ただし、練習が午前中のみの場合は、午後から授業に参加することと、放課後に午前中の授業の代わりとして、各担当の先生から課される課題を行う条件付きだ。
中々ハードな日々が始まりそうだが、俺はワクワクとした気持ちでいっぱいだった。ようやくプロの選手たちと一緒に練習することが出来る…!自分の実力を試すいい機会だと意気込んでいた。
そして、教室に戻りいつも通り授業を受けた。
昼休みには望結も無事に学校に復帰して、平和な日常が俺に戻ってきた。
ひとまず、望結も広瀬さんと話し合いの結果。納得とまではいっていないらしいが、俺の判断に任せるということで、事実上の広瀬さんとの関係を容認してくれたことになった。
まあ、俺にとっては一番大切なのは望結であることは変わりないので、望結を落ち込ませないように節度を持った行動をしていくことを胸に誓った。
こうしてあっという間に訪れた放課後。望結と二人仲良くノートを取っていた。
俺は右手で書いたノートを、復習がてら左手で書き直し。望結は休んだ分のノートを俺から借りて自分のノートに右手で丁寧にスラスラと書き写していた。
特に話すことなく、お互いに黙々と作業と続ける。
ここ最近は色々とあったので、こうして放課後の教室でまったりと望結との時間を過ごすのは久しぶりな感じがした。
そして、お互いに作業を終えて、練習へ向かう時間になったので、望結と帰り支度を済ませて教室を出て昇降口へ向かっている時だった。
反対側から小走りにこちらへ走ってくる奴が一人・・・
白いテニスウェアに身を纏い、日焼けした綺麗な黄金色の足をさらけ出した藤堂さんの姿だった。
あれ以降、藤堂さんは俺がスペシャルヒューマンであることをクラス中に言いふらすこともなく、俺に突っかかってくるようなこともなくなった。しかし、時々教室で彼女の熱い視線を感じるような気がしていた。
俺が藤堂さんの方を向くと、すぐに目を逸らされてしまうので、正直何かあるのではないかと思っているが、俺にとって都合の悪いことは起こっていないので、しばらくは現状維持といったところであろう。
すれ違い様、藤堂さんと目が合った。藤堂さんはすぐに顔を赤らめながら俯いて教室の方へと向かっていってしまった。
俺も横目ですれ違う姿を目で追ったが、藤蔵さんの瞳は、どこか悲しい表情をしているようにも見えたのだった。
◇
ユースチームの練習。
望結がいつもの見学席で眺めている姿が復活したことで、俺のモチベーションも絶好調!
今日は1軍と2軍の紅白戦。いわば絶対に勝たなくてはいけない試合。
気合十分の俺は、紅白戦も絶好調。何本も決定的はパスを供給した。だが、肝心のパスを受けるターゲットの稲穂が絶不調。中々得点することが出来ない。
稲穂は明らかに様子が可笑しかった。俺からのパスをトラップしようと足を出すものの、目測を誤りボールがそのまま流れてしまったり、トラップが成功しても、肝心のシュートを空振りしたり、足に当てたとしてもゴールマウスから大きく外れて飛んでいき、全く決まりそうな気配がない。
プレーが一度途切れたところで、稲穂のところへと近づき、声を掛けた。
「おい、大丈夫か?稲穂?」
「はぁ…はぁ…」
稲穂は息を大きく荒げ、汗の量も半端じゃなかった。そして、俺の声も届いていない。
「稲穂!」
俺はさらに鋭い声で稲穂に声を掛けつつ、背中をバシッ!っと叩いてやる。
「うぉっ!」
いきなり体に衝撃が与えられ、体をビクっと震わせて体制を崩した。
何とか踏みこんで転倒は免れた稲穂は、顔を振り返らせて睨み付けてきた。
「何すんだよ!?」
「なーに力んでんだバカ。お前がシュート入れねぇと試合が終わらねぇだろ」
「わかってるっつーの!」
「…なんかあったか?」
「あ?」
「いつものお前らしくねぇからよ…」
「…」
ピィ!
コーチの笛が鳴り、再び試合が再開される。俺は自分のポジションに戻った。
早速見方が、ボールをサイドから運び、センタリングを上げてくれた。
ペナルティーエリア内には、俺と稲穂がいた。ボールは稲穂の方へと向かっていく。
稲穂は、ディフェンスを駆け引きで交わして、先に胸トラップでボールを触った。
「パス!」
俺は自分がノーマークになっているのを確認して、稲穂にパスを要求する。
しかし、稲穂は何を血迷ったか、目の前にいる二人のディフェンダーを無理やりかわそうと、細かいステップを踏んで右往左往している。
周りも見えておらず、3人目の相手選手が奪いに来た時に、コントロールミスをして、あっという間にボールを取られてしまう。
「ったくあいつはよ!」
俺はチャンスを逃したことに怒りを覚えながら、自陣へディフェンスへ戻った。
気が付けば、試合時間残り時間5分。1点ビハインドという状況になっていた。
この紅白戦、もしも1軍が2軍チームに敗れるようなことがあれば、1軍チームは居残り練習の地獄ランニングが待っている。
せっかく望結が待ってくれているのに、これ以上待たせるわけにはいかなかった。
ディフェンスが前に蹴ったロングボールを、よーいどんで、俺と相手DFが追いかける。
徒競走では俺の方が少し分があった。体1つ分ほど前に出ると、足元でチョンっと柔らかいタッチのトラップでキーパーが前に出ない絶妙な位置にボールを置いた。
「青谷!」
左の方で、稲穂がノーマークで俺を呼び、待ち構えているのが見えた。
俺はチラっと稲穂の方を横目で見てから、キーパーの位置を確認して、無理やり左足でドライブ気味のシュートを放った。
キーパーも予想だにしないシュートが飛んできたため、一瞬反応が遅れ、ボールはゴールマウスへと吸い込まれた。
俺は表情を変えずにクールにボールを回収しにゴールマウスへと向かった。
「なんでパスを出さない!!?」
入ったからいいものの、どうしてエースの俺にパスを出さないんだと言うかのように、後ろから稲穂が眉間にしわを寄せて睨み付けてきていた。
だが、今は試合に集中するため稲穂の前を素通りしてセンターサークルへと戻・・・らせてはくれず、練習着を引っ張られて稲穂に止められた。
「おい、なんとか答えろ!」
今にも食って掛かってきそうな稲穂の手を振りほどき、睨みつけながらも冷静な口調で返す。
「今のお前は冷静さを欠いている。エース失格だ。」
「なっ・・・」
稲穂は棘の刺さったような口調で言い放った俺の言葉に驚いて目を見開いた。
「プロチームの練習参加できるからって浮足立ってんじゃねーのか?確かにここではお前はエースかもしれないけど、上のカテゴリーに行ったら全く通用しないし、なんなら一番下手なんだよ。意気込みすぎて普通の練習まで空回りしてんじゃねぇ」
そう言い残して、俺はセンターサークルへと戻った。
再び相手ボールから試合再開、同点に追いついたことで1軍メンバーの意識が変わり、きついプレッシャーを何度もかけていく。
すると、相手チームがミスをしてマイボールになった。
前で待ち構えている稲穂にスルーパスを送った。
稲穂は、そのパスを受け取ると、華麗に相手を一人かわして中を確認する。
もちろんゴール前に走り込んでいるのは俺だ。
稲穂に手でジェスチャーをしてパスを要求する。
しかし、稲穂は一度目を合わせたものの、パスを要求しているのが俺だと分かると、強引にもドリブルを開始した。
「ッチ・・・あのバカ・・・」
稲穂は強引に二人の選手と対峙しながらペナルティーエリア内までドリブルで持っていき、ワンフェイク入れてから強引にシュートを放った。
シュートは枠に何とか飛んだが、キーパーが危なげなくはじく。
そして、はじいた先にいたのは、紛れもなく天馬青谷。俺だ。
しまった!といったようにキーパーが身を投げ出して飛び込んできた。
俺は再びチョンっとトラップを・・・ではなく、左足のアウトサイドで左サイドへノールックの横パスを出した。
そこにいたのは、シュートを打ってボールの行方を確かめて立ち尽くしていた稲穂の姿があった。
稲穂は突然パスを出されて、驚いたように俺の方を一瞬見た。
俺は別に稲穂を信用していないわけではないのだ。間違いなく、このチームのエースはお前だ。だが、一人で緊張して空回りするのではなく、俺たちはチームだ。仲間がいる。それを分かってほしかったから、あえて突き飛ばすようなことを言ったのだ。
稲穂に本心が伝わったかどうかは分からないが、パスを出した俺の方を見て、ニコっと微笑んだのが見えた。
そして、目線をボールへと移して、ふかさないように気を付けながら、稲穂は冷静に右足でボールをゴールへと流し込んだのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。