第16話 望結の涙

 試合は面白いように運動部チームがポンポンとボールを回して文化部・帰宅部チームを嘲笑うかのように遊んでいた。


 ゴール前まで侵入しては、外に出してボールを懸命に取りに行く文化部・帰宅部チームの男子をフェイントで騙しては嘲笑し、またパスを回す。

 そして、ゴール前から文化部・帰宅部チームの生徒をいなくしたところで、一気に浮き球のパスを送る。

 ノーマークになった運動部の男子生徒が、「うぇ~い」っとバカにしたような掛け声を上げながら、ボールをゴールネットへ叩き込んでいた。



 そんなクソ展開が続き、5分が経過ところで、ようやくもう一点を運動部チームが決め、スコアが2-0となった。残り15分もあるが、文化部・帰宅部チームは、元々の基礎体力がないため、大量の限界が近づき全員へばっていた。そんな姿を高みの見物といったように女子生徒たちが冷ややかな目で見つめている。もちろんその中心には、クラスの女王様、藤堂麗華とうどうれいかの姿があった。


 あと15分・・・これを耐えれば、すべてが元通りに戻る。これでいいんだ…


 俺は必死に歯を食いしばり、手をギュっと握りしめてコテンパンにやられていく、文化部・帰宅部チームの無残な姿をただただ立ちすくんで見ていた。


「青谷・・・くん…」


 すると、微かにではあるが、どこからか俺の名前を呼ぶ声が聞こえた。学校で俺の名前を呼ぶ奴なんていないため、誰か別の同じ名前の人物を呼んでいるのだと思い、無視していたが、再び今度は大きな声で「青谷くん!」と呼ぶ声が高みの見物をしている女子生徒の方から聞こえた。


 その方向へ視線を向けると、そこに広がっていた光景は、涙を流しながら顔を歪め、泣きながら見るに堪えられないといったような表情を浮かべてこちらを睨み付けている望結の姿だった。


 望結は、人前だということも気にせずに俺の方を見つめながら泣きじゃくんでいた。その姿を見て、必死に「大丈夫?」とか「どうしたの?」と声を掛ける女子生徒たちを尻目に、悪い笑みを浮かべている者たちがいた。紛れもなく、藤堂麗華を含むトップカースト集団達であった。彼女たちは、勝ち誇ったように望結の泣いている姿を見て嘲笑していた。


 あぁ…そうか…これは、俺の制裁だけではないのか…

 この時、自分の中で何か熱いものが込み上げてくる気がした。


 恐らく藤堂麗華は、俺と綾瀬望結が好きどうしてあることを察していたのであろう。そして、ボッチ陰キャである俺が、このような行動をとることを予測していたのだろう。こうして、藤堂麗華の狙い通りに、俺は運動部の前に歯向かうこともせず、ただただ藤堂麗華の見せしめを受けながら何もすることが出来ない俺の姿に絶望する、綾瀬望結の姿を一目見たかったのであろう。私に逆らうと、どうなるかわかってるよな?という威圧も込めて・・・


「はぁ…本当にめんどくせぇ・・・」


 気が付けば、俺は一人でそんなことを呟いていた。


「どいつもこいつも、クラスの秩序なんて気にしてバカみてぇだなホント、ごっこ遊びに付き合ってるのももう耐えらんねぇ…」


 気が付けば、体全体に力が入り、怒りともいえるような感情が俺の中にあった。


 この怒りは、何処からきているのだろうか…答えは簡単だった。


 一つは、この状況を作り上げたクラスの空気感。そして、もう一つは、藤堂麗華を含むトップカースト集団が、制裁を行うためにサッカーをいうスポーツを使って見せしめを行ったこと。最後は…俺の好きな人を泣かせた・・・その傲慢さだ!!!


 気が付いた時には、俺は一気に自陣ゴール前にダッシュしてボールの元へと向かっていた。

 後ろから追いかけているので、ボールを保持している生徒は、俺の姿に気が付いていない。そして、俺はその男子生徒にタックスをお見舞いして、一気にボールを奪い取った。


「なっ!?」

「いきなり何しやがるてめぇ!!」


 俺はボールを足の裏でトラップして、運動部員たちを睨み付けた。


「わりいな、てめぇらの行動には幻滅したぜ。悪いが、この胸糞悪いクソ試合。とっとと蹴りをつけさせてもらうぜ。」


 もう失うものは何もなかった。俺は怒りの感情をすべて足元にぶつけて、一気にドリブルを開始したのだった。

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