第4話 天馬青谷の朝

 ピピピ、ピピピ、ピピピ、ピピピ、ピピピピピピピピピピピピピピピ

 ガチャ!

 目覚ましの音を消して、重い瞼を開けながら、俺は起き上がった。


 今日も天馬青谷てんばあおやの一日が始まる。


 リビングへと向かうと、スーツ姿の舞子まいこさんがキッチンで朝ごはんを作っているところであった。


「あら、青谷。おはよう」

「おはよう、母さん」

「もう少しでご飯出来るから、先に顔洗ってきちゃいなさい」

「はーい」


 母親に言われた通り、長い廊下の途中にある洗面所へと向かい、冷たい冷水で顔を洗って眠気を覚ます。リビングに戻ると、机の上にはトーストとサラダ、ベーコンと目玉焼きが乗ったシンプルな朝食が並んでいた。


 俺が自分の席に座ると、キッチンの方からコーヒーが入ったカップを二つ持った舞子さんがこちらに向かってきて、赤いマグカップのミルク入りコーヒーを俺の前に置いてくれた。


「ありがとう」

「それじゃあ、食べましょう」

「いただきます」

「いただきます」


 俺と舞子さんは、それぞれ手を合わせて、いただきますの挨拶をすると、朝食にありついた。

 俺は、この二人きりの時間がとても好きだった。くそ親父はグータラと寝ており、岩城さんもまだ来ないため、舞子さんとゆっくり話すことが出来る重要な時間だからだ。


「青谷、最近学校の調子はどう?いじめられたりしてない?」

「してないって、まあ、楽しくやってるよ」

「そう?ならよかった。ごめんなさいね、忙しくて中々面倒も見てあげられなくて」

「いいって、母さんが忙しいのは知ってるし、俺もユースチームに入らせてもらってるだけでも感謝してるんだからさ」

「そう、本当にあなたはいい子ね」


 そういって、舞子さんは俺の頭をポンっと撫でてくれた。

 小さい頃から、ちゃらんぽらんな親父に俺の世話を任せっきりにしていたため、舞子さんは、俺が親父のようなクソやろうにならないか随分と心配していたそうだ。

 だか、俺は親父の真似をしてはいけないと、物心ついたときからそう感じていたため、いわば反面教師的な感じで立派に育ってきたつもりだ。

 唯一残念なのが、学校生活のことについて嘘をついていることだろうか。

 友達がいないことを心配されないように、母親には学校生活も充実して楽しいと嘘をついている。

 まあ、別に一人でも楽しいことは楽しいので間違ってはいないのだが、舞子さんが思っている楽しいとは、沢山友達を作って、お喋りしたり遊んだりと、そういった楽しさのことだと思うので、嘘と言えるのだ。


 話が終わると、舞子さんは新聞を見ながら黙々と朝食を口にする。

 時々コーヒーを啜る姿は、まさにキャリアウーマンといった感じで様になっていた。

 この家に引っ越してくる前までは、俺たちは築60年1ルーム木造のボロアパートに暮らしていた。

 舞子さんは、当時苦しい生活ながらも、不満一つ漏らさないで家事を行っていた。

 そんな舞子さんを見ていた俺は、将来舞子さんが見たいなキャリアウーマンになりたいと思ったこともあった。しかし、前に覗き見た舞子さんの預金通帳を見て、給料の低さに絶望したのだ。

 それ以降、俺は絶対にサラリーマンにはならずに、他の舞台で活躍して裕福になり、舞子さんを楽にさせてあげたいと目標を決めてサッカーを頑張ってきた。だが、例のスペシャルヒューマン補助金制度のお陰で、今はこうして無事に舞子さんは幸せな生活を送ることが出来るようになった訳だ。少し違う形で目標が達成されてはしまったものの、舞子さんが幸せになれてホットしている。だが、これからは育ててくれたお礼として、さらに恩返しをしていきたいので、これからも舞子さんには沢山のお礼をしていこうと俺は思っているのだ。


 そんなことを考えているうちに、インターフォンがピンポーンと鳴ってしまった。

 どうやら、朝のひと時も一瞬にして終わってしまうようだ。


「はーい」


 母さんは、インターフォンの内線カメラで、その人物を確認すると、ボチっとボタンを押して、玄関の施錠を解除した。


 ガチャリと玄関のドアが開く音が聞こえて、足音がリビングへと近づいてきた。


「おはようございます」

「おはよう、岩城さん、今日も青谷のことよろしくね」

「もちろんです」

 

 いつものピシっとしたスーツ姿で現れたのは、岩城さんだった。赤縁眼鏡に、いつも通り黒い髪をなびかせて、顔色一つ変えずにリビングへと入ってきた。


「それじゃあ、青谷!私は仕事に行くけど、ちゃんと勉強してから学校行くのよ」

「はーい、いってらっしゃい」


 舞子さんは、岩城さんと入れ替わるようにして、ニコニコしながら駆け足で出かけていった。

 そんな舞子さんを眺めていると、今度は岩城さんがこちらを見て呆れていた。


「まだ、朝食を食べていなかったのですか!?勉強の時間、もうすぐ始まりますわよ」

「分かってますよ、今食べ終わりますから」


 俺は残っていたサラダとトーストを口に頬張り、残っていたコーヒーで一気に胃に流し込んだ。


「ご馳走様でした」

「全く…お行儀の悪い…」


 岩城さんからボソっとそう聞こえたが、今は構っている暇ではないので、急いで食器を片づけて、歯を磨くためリビングを後にした。



 ◇



 俺は岩城さんの指導の元、1時間の朝勉強をした後、制服に着替えて学校へ登校する準備を始める。


 岩城さんは勉強を教え終わると、さっさとご帰宅していってしまった。

 

 岩城さんは俺専属の教育係のため、このマンションの下のフロアでいつでも何かあった時のために常駐しているらしい。というか普通に暮らしているそうだ。

 

 朝はそのまま本社行き、現状報告をしたら、そのまま家に戻って来て自由時間。夜、俺が帰ってきたら仕事を開始して、再び自宅へ帰り、明日の準備をしてから就寝、そしてまだ朝一に俺の家にやってくるというサイクルだと舞子さんから教えてもらった。

 

 まあ、岩城さんは岩城さんなりに、俺のことを考えて色々としてくれているみたいだし、ストレスではあるけども、悪い人ではないとは思っている。



 そんなことを考えつつも、準備を終えた俺は、荷物を肩に担いでゆっくりと家を出て、学校へと向かって行くのだった。

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