第3話 天馬青谷の放課後

 学校から山道を下って30分ほど歩き、ようやく学校から一番近い最寄り駅に到着する。

 駅の改札口をくぐり、丁度ホームに来た電車に乗りこみ、市内の中心部へと向かう。

 電車に揺られること約20分、市内の中心部へと到着した俺は、改札口を降りて、観光地となっている海の方へと歩いていく。さらに10分ほど歩いて向かった先は、今日ユースチームの練習が行われるグラウンドだ。市内の一等地にあり、一流選手も使うような人工芝完備、ロッカールーム併設のサッカー専用施設である。


 俺は練習場の入口ゲートをくぐり、ロッカールームがある建物へと入り、階段を登って2階にあるユース専用と書かれたロッカールームのドアを開けた。


「おっす~」

「おう、おはよ~青谷」

「おはよ」


 チームメイト達と挨拶を交わす。俺はサッカー仲間達とは普通に仲がいい。話も合うし、喋りやすいので普通に接している。

 先ほど、学校ではボッチと言った割には、普通に友達いるじゃねーか、と思った人もいるだろう。つまり俺は、学校ではボッチ、ユースチームでは普通に友達がいる所謂「半ボッチ」だ。


「よっ!青谷!」


 すると、俺の背中をバシンと叩き、声を掛けてくるやつがいた。

 俺がビクっと体を震わせて振り向くと、ニコニコとした笑顔でこちらを見てくる人物が一人・・・コイツの名前は、高橋稲穂たかはしいなほ、左利き。中学校時代ジュニアユースからの仲間で、プロ入りも期待されている将来有望のU18日本代表候補選手の一人だ。


「なんだよ、稲穂。驚かすんじゃねーよ」


 俺が稲穂に鋭い視線を送ると、稲穂はニタニタとした笑顔を向けてきた。


「まあまあ、そんなにキレるなって!…持ってきてやったんだからよ」

…ってまさか!?」

「そう…そのまさかだぜ…」


 稲穂は肩から下げていたエナメルバックの口を開けて、チラっと俺にを見せてきた。


「恩に着るぜ相棒」


 俺は、すぐさま自分のスクールバックを持ちあげて、エナメルバックの隣へ持っていき、を受け取った。


「いいってことよ、お前はお前で苦労してるみたいだしな」


 …とは、俺が頼んでおいたアダルト女優、渡良瀬歩わたらせあゆむのヌード写真集だ。

 俺が何度も夜にお世話になっている、一押しのアダルト女優であった。


 なんといっても、はち切れんばかりの人々を釘づけにするその胸!そして、ムチっとしたお尻!そこから伸びる肉つきのあるスラっとした足!

 そして、18歳という驚きの年齢と共に、その年齢すらを感じさせない、大人びた艶やかな雰囲気!何を取っても素晴らしい逸材であった。


 説明はそのくらいにしておいて、俺はこっそりと稲穂からその本を受け取った。


 ちなみにだが、稲穂はスペシャルヒューマンではないが、俺がスペシャルヒューマンであることを唯一知っている奴だ。俺の生活が大変になったことを知って、このようにエロ関連のものを収集してきてくれるのだ。



「みんなおはよう!」


 稲穂から受け取った直後、ロッカールームにコーチが入って来た。危ない危ない、間一髪バレずに済んだぜ…


 俺は、胸を「ほっ…」と撫で下ろして、着替えを済ませて練習へと向かったのだった。



 ◇



 いつものように練習を終え、俺はみんなと別れて、一人寂しく開発された観光地をトコトコと歩いて家路についた。

 

 練習場から歩いて約20分。海側にある高層タワーマンションの最上階。そこが、俺の今の自宅だ。

 

 俺はマンションの入り口でカードキーをかざして、エレベーターホールへと向かった。エレベーターに乗りこみ、再びエレベーターの中でカードキーを指定の場所へかざした後、最上階のボタンをタッチする。

 

 この高層マンションでは、最上階を含む上から3つの階層は、エレベーターの中にある、指定の場所にカードキーをかざさないと、ボタンを押せない設定になっているのだ。

 また、上から3つの階層に住んでいる人は、1フロアにつき1家族。つまりは階に1部屋しかないのだ。


 スペシャルヒューマン認定されるまで、こんなセレブのような生活をしたことがなかったので、未だに慣れない…

 そんなことを考えているうちに、エレベーターはあっという間に最上階に到着する。


 エレベーターが停止して、ドアが開かれた。

 エレベーターホールの前には、大きな玄関の扉があり、TENBAと書かれた表札が掛かっていた。

 

 俺はドアの横にあるタッチパネルに、再びカードキーをかざして、ドアの施錠を解除して家の中に入った。

 玄関に入り、靴を脱いで、長―い廊下を一番奥まで歩いて行き、リビングのドアを開けた。


「ただいま~」

「お~う…帰ってきたな青谷~」


 リビングからは、海側の観光地開発地区の夜景が一望できる大きな窓があり、その隣にある巨大なテレビの前に置いてある白いソファーに、グデーンと寝っ転がっている浮浪者みたいな格好をしたおっさんが、俺の父親、天馬のりてんばのりお46歳右利き、生涯無職・・・である。

 

 だらしなく背中をボリボリと掻きながら、リラックスしてくつろぎながら挨拶をしてきた。


「…」

 

 俺は苦笑しながら親父の後姿を眺めていた。


「あら、お帰り、青谷」


 すると、今度はキッチンの方から若若しい女性が出てきた。ピンクの水玉模様のエプロン姿で、茶髪の髪をポニーテールに纏め。ニコっと微笑んだその表情は、誰もが見とれてしまいそうなその美貌。俺の自慢の母親。天馬舞子てんばまいこ37歳、左利き。某有名企業で働いているOLだ。


「今ご飯温めなおしてるから、先に着替えて来ちゃいなさい」

「うん、分かった」

 

 俺は母親の言う通り部屋へ向かい、制服から部屋着に着替えることにする。

 

 それにしても…どうして俺の母親は、あんなクソ親父なんかと結婚してしまったのだろうか??俺は今でも親父が詐欺に引っかかってるのではないかと疑問に思ってしまうほどだ。

 まあ、俺が赤ん坊の頃の写真を見れば、舞子さんに抱きかかえられて泣いている俺の写真があることから見ても、実の母親であることは間違いないのだが、よく17年も一緒に暮らせるものだ。


 部屋に戻ると、テーブルの上には母親が作ってくれた肉じゃが、おひたし、サラダが置かれていた。そして、俺が座る席の隣には、先ほどまで家にはいなかった人物が座っていた。

 赤縁メガネに黒い髪をなびかせて、シャキっとスーツを着こなし、真っ直ぐな姿勢で待っていたのが、俺の専属家庭教師、岩城優実いわきゆうみさん、右利き。年齢不詳のキャリアウーマンだ。

 

 正直、俺は、この岩城さんが苦手だった。


「青谷君、お帰りなさい」

「岩城さん、どうも」


 俺はペコリと頭を下げて、自分の席に座った。


「いただきます」

 

 しっかりと手を合わせてから、箸とお茶碗を持って白米を口に放り込み、俺は食事にありついた。


「待ちなさい!」


 すると、岩城さんが食事をストップさせる。


「なんですかその汚らしい食べ方は、もっと上品にお召し上がりなさい!それと、食べる前に、手荒いうがいは済ませましたの??」

「お腹空いてるんですから、別に少し多く口に含んだっていいじゃないですか。手洗いうがいは、ちゃんとしましたよ」

「よくないです!スペシャルヒューマンなる者、今後の日本を背負っていく逸材になるのです。そのような下品な食べ方では、よそから笑いものになりますわ」

「はぁ…わかりました。ちゃんと上品に食事します」


 俺は肩をガックリと落としながら、丁寧に食事を続ける。


「食事の後は、部屋で昨日、勉強した所からの復習ですからね。それと、英語の小テストが今日返却されたはずです。後で見せてください」

「わかりましたから!!もう少し食事に専念させてもらえないですか?」

「んん…わかりましたわ」

 

 このように、岩城さんは、勉強は勿論のこと、私生活の態度や身だしなみ、礼儀作法までを徹底的に指導してくるため、家に帰っても心休まらない日々が続いているのだ。

 唯一の楽しみは、岩城さんの指導が終わり、帰宅した後、寝静まった深夜の自室で、先ほど稲穂いなほからもらった、渡良瀬歩わたらせあゆむの、写真集鑑賞をするぐらいだ。


 この家に引っ越してきて、岩城さんが来るようになってから、俺の家での生活リズムはガラッと変わってしまった。

 家族3人、築60年、1ルームのボロアパートに住み、何も注意されなかった頃の生活が懐かしい。


 そんなことを懐かしんでいると、クソ親父がソファーから降りて、こちらに向かって来ていた。


「岩城さん!青谷の指導なんていいですから、僕と一緒に夜のレッツパーリナイしませんか?グハァ!!」

 

 変態親父が、岩城さんに気持ち悪く近寄ると、舞子さんが思いっきり親父の腹部を殴っていた。


「さぁ、のり男さん、夜の相手なら私がしっかりとしてあげますから、部屋に戻りましょうね~」

「いや、待ってくれ…僕はまだ…」

「いいから来い!」

「あ~れ~」

 

 クソ親父は、舞子さんに担がれ、寝室へ持ってかれる。あのスラっとした体で、どこにそんな力があるのだろうかと感心してしまう。


「青谷~食べ終わったら食器の片づけだけお願い、あとは明日私がやるから」

「は…はい…」

「ちょ…ちょっと待って舞子さん、お願い離して、ねぇ!」

 

 バダンと寝室の扉が閉められ、しばらくして・・・


「あ~れ~ぇぇぇぇぇぇ!!!!!」


 というクソ親父の気持ち悪い声が響いてくるのだった。

 

 今日もこうして、俺のにぎやかな一日が過ぎていくのだった。

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