第46話「……えへへ」

「が、ガルシア様待ってください!」

「嫌だ」

「まだ仕事あるんで!」

「無理。もう無理嫌だ俺はやらない」

「あわわわわ行かないで!」


(シルヴィに会いたい)


 専用の仕事部屋で、絶賛ふくれっ面のガルシア。しびれを切らして立ち上がると、二人居た男女のうち、男の調査団員が慌てて腰に抱きつく。パーマがかかった髪で、目元は見えないものの慌てていることは確かだ。


「離せ」

「駄目ですって! 王様に怒られちゃうでしょ!」

「ガルシア様、これが終わったら会えますのでどうか……」


 男よりも控えめに懇願する女の調査団員。そばかすの目立つ頬は痩せこけており、やたら隈がひどい。

 ガルシアは魔法で無理矢理男を引き剥がすと、そのまま背後の大窓から飛び降りた。窓枠に飛びついて見下ろす調査団員を煙たがるかのように、浮遊したガルシアはすぐさま二人の視界から外れる。女団員は頭を抱えて唸った。


「あ〜、やられた! どうする!?」

「どうするって……ど、どうしよう」

「とにかく追おっ」


 狼狽える男よりも先に、小柄な女は部屋から飛び出して行った。男も慌てて後を追うが、彼の細身は伊達では無いらしい。どうやら物凄く体力が無いようだ。


「ま、待って、速いって……!」


 走り始めてから10メートル行くか行かないかのところでギブアップする男。よろよろと減速し、廊下の曲がり角を確認せずに横切ろうとする。


「きゃあっ」

「っあ、すいませんっ」


(ってあれ、シルヴィ様……!?)


 万が一シルヴィとぶつかった事がガルシアにバレたら、自分の命が危ない。そう本能的に感じた男は、ガバッと床に這いつくばって頭を擦りつけた。要するに土下座だ。


「すっ、すいませんんん! ガルシア様にはチクらないでっ」

「……マジ痛いんだけど」

「へっ」


 いつもなら困ったような笑みで「大丈夫ですよ」とすぐに許してくれる女性だ。まさか急所に当たってしまったのか、急所、急所ってどこだ、と男は焦りに焦る。一方のシルヴィは、何やら様子がおかしいらしい。いつもきっちり着ているはずの白シャツは、前のボタンが上二つほど開けられていた。


「ガルシアにはチクりませんけど〜……」

「へあっ、し、シルヴィ様っ⁉」


(顔近っ、何これ、どうなって……⁉)


 シルヴィもといアグネは、正座のまま固まる調査員に顔を近づけた。いつの間にやら金色に光る彼女の瞳に対して、前髪の隙間から見える彼の瞳はぐるぐると混乱している。

 唇まであと数cmのところで、アグネの金の瞳がシルヴィの若草色へと戻る。


「とりまガルシアのトコ行こっと」

「えっ、あ、あのっ」


 顔を真っ赤にさせた男調査員を置いて歩き去ろうとするアグネ。言葉に詰まる彼に一度だけ振り向くと、小悪魔さながらの笑みを浮かべる。


「今はダーメ。次にあったらぁ、い〜っぱいイイコトしよーねぇ」

「い、イイコト……」


(シルヴィ様って、こんな人だったか……⁉)


 彼にとびきりのハートマークを飛ばすと、即座に気を取り直して歩き出すアグネ。ガルシアを探すべく進む姿は一見シルヴィだが、その顔には妖しい笑みが浮かべられていた。


(ガルシアの魔力、バリバリ出てんじゃん。超わかりやすいわぁ)


 開いた胸元は隠さないまま、上機嫌で城を歩むシルヴィの身体。メイドたちは絶句し、兵士はアグネの魔力に当てられて意識を遠くする。あたり一面、異様な空気に飲み込まれていた。しかし、そんなことはお構いなしにアグネは進む。目指す先は王の執務室。ガルシアの居る場所だ。


(やっと逢える…………感動の再会!)


 アグネの魔力が喜色に満ちる。頬が緩むのも仕方のないことだ。遂に触れられる、愛し合える。

 彼女はようやく目的地に着くと、扉の前で深呼吸をした。その姿は、アグネの元々の姿相応の歳に見える。扉の番をする兵士は、彼女の放つ魔力によって瞬く間に倒れ込んだ。


「……えへへ」


 アグネは扉に触れると、力いっぱいに開け放った。

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