第47話「やっと」
正直、今の暮らしは不満ばかりだ。
グレイスからは大量の仕事を押し付けられる。そもそも俺は今の時代の文字がわからないから、そこから学ぶ羽目になった。教え方は下手な癖にプライドだけ高い熟年の女教師は本当に使えない。しかし、いちいち手間取ってシルヴィに会えなくなるのも嫌だ。……仕方ないから、自分で学んだんだけれど。
(シルヴィは)
彼女は何をしてるのだろう。聞くところによると、あのチャラけた兵士が傍に居るらしい。その事実だけでも充分に不快だ。
かといってシルヴィをここから連れ出しても、きっと困るのは彼女だろう。それは絶対にいただけない。俺は今日もよく頑張ったと思う。
だからこそ、だ。
「__そろそろ会えないと、死にそう」
陽光を上瞼で遮り、俺は虚空に向かって呟く。のどかな秋の空気が、今はなんだか無性に腹立たしい。
仕事部屋の窓から飛び降りた後、俺は中庭へと向かった。シルヴィのお気に入りのベンチ。まだレッスンの始まる前だろうから、そこに居るか自室に居るのだろう。侍従たちの間をすり抜けて、俺は一目散に飛んでいく。
ーー★ーー
秋風に前髪を煽られながら、誰も居ない中庭で眉をひそめた。
(おかしい)
兵士だとか、侍従だとか。人の気配は普通にある。しかし、何かがおかしい。不穏な魔力の波動を肌に感じた。もしかするとまた、魔物が城に現れているのかもしれない。それにだ。
(シルヴィの気配がない)
妙に親しみの湧く彼女の気配。出会った時から何故か、彼女の存在をうっすらと気付けるようになっていた。
魔力は城の中から放たれている。それは段々と強く、まるで何かを待ち望んでいるかのように邪だ。左右で違う色彩の瞳をそちらへ向け、口を真一文字に引き結ぶ。シルヴィの身に危険が及んだのかもしれない。
闇雲に動いたところで何も得られないだろう。普段なら絶対自分から行かないけど、緊急事態だからやむを得ない。俺はすぐに、グレイスの部屋へと転移した。
「……は?」
あまりの惨状に、ドスの効いた声が出る。いくら魔物の耐性が無いと言えど、机に突っ伏す姿は一般人以下じゃないか。一つ舌打ちをしてから、俺はグレイスの後頭部を軽くつついた。
「死んだ?」
「……ガルシアか」
「どうなってる」
顔を上げたそいつの顔に、俺は思わず顔をしかめる。涙の滲んだ瞳、耳の裏まで赤く染まったそれは、あからさまに惚けている。なんとなく魔物の種族は知られるものの、一応聞いてみることにした。
椅子に深く座り直したグレイスを見下ろし、平坦な口ぶりで尋ねる。
「何の魔物か分かってる?」
「分からん。記録……前例がない」
「ポンコツすぎ」
グレイスは悪態をつく俺をじっと見つめる。口をぐっと閉じてから、表情はそのままに平然と言葉を続けた。
「その為のお前だ」
「勝手すぎ。忠誠心とか無いから」
「シルヴィがどうなっても良いのか」
「……へえ」
(こいつ嫌い)
国のため、そこに住まう民のため。そんな風に堂々と居れば、何をしても許されるというのか。馬鹿らしい。
俺は改めて思い知った。
シルヴィは人質だ。俺が国から離れないように、ここに繋ぎ止めるための。
嫌悪感が募りに募る。俺はここからシルヴィを連れ出し、国を焼き払う力だってある。それが出来ないのは、単に彼女が悲しむからだ。こいつはその事を理解した上で、俺と向かい合っている。
俺はそれが気に食わない。今はまだ、どうする事もできないから。
「ガルシア」
「何」
「魔物を、探せ。見つけ次第……捕らえろ」
(殺さないのか)
俺の思ったことが顔に出ていたのか、グレイスは口元を歪める。途切れ途切れに言葉を付け足した。
「……何か、に。使えるかもしれない、からな」
時計の針は十二を刻む。最早聞き慣れた鐘の音さえ、今はただ薄ら寒い。
魔力の根源たる何かはこちらに向かってくるようだ。出向く手間が無くなり、都合が良い。
(シルヴィ)
この魔物を捕えたら、すぐさま君に会いに行こう。逢わなきゃ。
グレイスはあの魔力に耐えきれず、ついに気絶したようだ。再度机に突っ伏した男を一瞥した後、俺は開かれていく扉をじっと睨みつけた。
現れたのは。
「……やっと、逢えた」
嬉しくて堪らない。そんな表情を浮かべる、シルヴィだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます