第40話「会えるといいね」
「私の
「あらあらまあまあ」
……もちもちで、ぽかぽか。
バムさんの胸に、顔が埋もれている。驚きのあまり紙袋を落としてしまったが、たぶん割れ物は買ってなかったはずだから大丈夫。さて、どうしよう。顔が熱くなってきた。
「……まっ、ぶっちゃけその子はどうでもいいわぁ。それよりあんた、ガルシアの居場所知ってる?」
「はあ? そんなこと知ってどうするんだい」
あー、これ早く終わらないかな……。一応思春期だからこう、恐れ多くも反応する部分はあるというか……早く終わらないかな。
一面が胸だから二人の様子がわからない。でもちょっとでも動くとこう、更に質感を体感してしまうから動けない。
「どうもこうも無いわよぉ! ガルシアと再会して、二人の愛を育むんだから……」
「片想いにも限度があるだろう」
「うっさいわね!」
キーキーと怒鳴る、空中の女の子。ガルシアという人を探しているらしいが、何処かで見た気が……あ。
「うひょ⁉」
「あ、あの!」
バムさんから少しだけ距離を取り、女の子に話しかける。今見て気づいたけど、歳はそんなに僕と変わらなそう。警戒を解かせるように、努めて明るく声を出す。
「僕、ソワレって言うんだ。君の名前は?」
「なーにー? まさか惚れたワケ?」
「確かに可愛いけど」
そうじゃないというニュアンスを込めて、女の子を見つめる。一瞬バムさんに凝視された気もしたけど、たぶん気のせいだろう。
王国新聞で書かれていた、魔物という生き物。おそらく、空に浮かぶあの子もそうなのだろう。理由はよくわからないけど、直感的に人間じゃないと感じた。
女の子はツインテールを払いながら、鼻を鳴らして教えてくれた。
「私の名はアグネ! よーく覚えておきなさい!」
「うん、ありがとう。それで」
彼女はガルシアという人のことが好きで、探しているみたいだ。ちょっと助けてあげてもいいかなと、親切心が動く。
バムさんが隣でアワアワしていることを知らずに、僕は言葉を続けた。
「ガルシアさんの居場所、僕知ってるよ」
「なっ、少年!」
「好きな人に会いたいんでしょ? 困ってる女の子は助けなくちゃ。ね、バムさん」
「む、むう……」
(まあ、アイツの事だし……だ、大丈夫か?)
バムさんは少し不服そうに口を尖らせたけど、やがて「仕方ないなあ」と頷いてくれた。女の子の方に向き直って、また口を開く。
「ガルシアさんなら、きっとお城の方に居るよ。新聞で見たんだ」
「ふーん。アンタ結構イイ男じゃない」
空中の彼女は満足げに笑みを深めると、僕たちとバムさんを交互に見て目を細めた。
「トクベツに襲わないであげる。助かったわぁ、ソワレ」
「好きな人に会えるといいね」
「ええ!」
やっぱり女の子は、恋してる顔も凄い可愛いと思う。去り行く彼女の背中にばいばいと手を振っていると、段々瞼が重くなってきた。アグネさんに一瞬だけ食まれた場所が、じんわりと感覚を失う。
(あれ……?)
「少年!」
足がもつれて倒れそうになった所を、バムさんが抱き留めてくれた。心配そうな顔が、僕を覗き込んでいる。
「なんだろ、あはは。こんな所で眠くなるなんてミューデみたい」
「喋るな! あっいや、ちょ、ちょっと祈ってくれたまえ!」
「?」
僕はバムさんの言う祈りの言葉をそのまま復唱する。聞き慣れない発音。それはどうやら、昔の祈りの文言らしかった。自分の名前は思い出せないのにこういうのは覚えてるなんて、女神らしいというかなんというか。詠唱を終えた途端、僕の身体に元気が戻ってくる。温かくて、心地良い何かに包まれているような、そんな気がした。
「これでよし。……君が私の信者で良かったよ」
夕焼け空の下、陰る彼女の端正な
気づいたら僕は、バムさんの顔を両手で包み込んでいた。吸い込まれそうなくらい輝いている、アメジストの瞳。本当に、本当にこの人は綺麗だ。
「ありがとう」
人を好きになったことはたくさんある。兄弟にシルヴィさん、ンーさんや街の人たちも。みんないい人たちばかりだから。
でも、今この瞬間、心の底から好きだと思った。
今までとは比べ物にならないくらい、幸せだと思った。
__この『好き』って、なんなんだろう?
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