第39話「大切にしたい」

 空はすっかり橙色に染まり、カラスが一つ鳴いた頃。便利屋コンビニの入り口に、『CLOSE』の札がかかる。


「つ、疲れたぞ……」

「結構稼げたんじゃないかい!? 集計しようじゃないか!」


(バムちゃんは元気だなあ)


 額の汗を拭って、ンーは眼鏡の奥から女性を見やる。街の人々からちやほやされた挙げ句、王国新聞の記者にまで話しかけられていた。今朝よりもむしろ活き活きとする彼女を見て、小さく息を吐く。


「バムちゃん」

「なんだい店長!」

「集計は私に任せて、バムちゃんは帰って大丈夫だぞー。お迎えも来てるしな」


 ンーが示した窓をバムが覗くと、店の横にある樹が見えた。その光景に、バムは頬を熱くする。

 建物と同じくらい大きな樹の下で、リヒトとミューデが寄り添い合って座っている。迎えに来たはいいものの、きっと人だかりの中には入れなかったのだろう。閉店時間まで待っている間に二人とも眠ってしまったようだ。夕焼けの日差しが差し込んだ空き地。木漏れ日の下で、すやすやと寝息を立てている。


「店長」

「なんだー?」

「私今、凄い幸せだ」


(大切にしたい、あの子達を)


 久方ぶりの感情に、目を潤ませて微笑む。胸を熱くさせ、無意識に彼らへの加護を強めた。

 __その時だった。

 強い魔力を感じ、バムの背中に悪寒が走る。


「えっえっバムちゃん!? ばいばい!?」

「ああ!」


 兄弟を通り過ぎ、目指したのは村の入り口。バムは眉間にシワを寄せ、歯を食いしばって走った。とはいえ走ること自体何百年とやっていなかった為、他の人から見れば相当遅い。人の波を押し退けて、バムは一生懸命足を動かす。

 正直、放浪していた頃にはまるで感じなかった強さの魔力だ。強烈な魔力の中には人間のものも入り乱れている。


「魔物か!」


 遠い昔、と一緒に突然消えた存在。魔物にも色々居るのは知ることができた。だからこそわかる。


(早く行かねば)


 早鐘を打つ胸をぎゅっと抑えて、女神は村を駆けていった。


「__バムさん?」


 買い物袋を抱えたソワレに気づくこともなく。




 ーー★ーー




「あー、もうっ!」


 あとちょっとで破れる。そう思った矢先、突然壁が厚くなった。厭味いやみったらしいくらいうぶな魔力で造られた防魔壁ぼうまへき。神秘的とか言って大切にしちゃったりする人間が一定数居そうだけど、そんなものはなんの足しにもならない!

 他の村で奪った魔力を渾身の力で投げつけてみたって、全くびくともしない。そもそも私は魔力を奪うのが得意なんだからマジで、何が楽しくてこんなことしなくちゃならないのよぉ。全く持って解せないんだけど!


「おい君!」

「は〜? 何よぉ」


 壁の向こう側から怒鳴る、一人の女。ボサボサの金髪ロング、頬をふくらませるアホ面。

 その女には見覚えがある。というか見覚えしかない。


「ガルシアの隣に居た女! なんで居るのよぉ⁉」

「君こそ何やってるんだい! びっくりしたぞ、馬鹿な真似は止めたまえ!」


 防魔壁を指で弾くと、手にじんわりと痛みが走る。この不快極まりない魔力の根源はあの女だったのね。自称女神なだけあって、流石の私でもこれは壊せない。


「バムさん! どうしたの?」

「わっ、しょ、少年! なんで来たんだ⁉」

「なんでって言われても」


 橙色の髪をした少年に、バムと呼ばれているアホ女。彼女の隙を、私は見逃さなかった。


「ファルポルン!」


 両手を前にかざし、呪文を詠唱する。大きなピンクの雲が精製され、壁にあたった瞬間爆発した。辺りにキラキラと虹ができるこの魔法は、私が自分で考えた特別な魔法。まあ、それしか使えないんだけどぉ……。

 破れた所からふわりと侵入する。女神を見下ろすのは大好き! 砂煙で噎せるアイツは無視して、動揺のあまり立ち尽くしている男の子の方へと近づいた。

 年齢的には大丈夫そうだけど、念の為魔眼で確認する。ちなみに"相手の情事がわかる"という微妙な能力は、夢魔ならではのものだ。

 やっぱり、この子からは


「ひっ」

「いただきまー!」


 男の子の首筋に吸い付いた瞬間、焼けるような痛みが顔全体を覆った。咄嗟に顔を離し、口をぐしぐしと拭う。


「!」


 上空に飛び上がった。一瞬、ほんの一瞬、何かに押しつぶされる幻覚が見えたから。青ざめる顔とは裏腹に、口角はひどく引きつっていった。

 砂煙が落ち着いた地上。男の子をしっかり胸に抱いた女神は、いつにもなく怒ってる。威圧に気圧されそう、なんて。


「私の信者に手を出すな」

「あらあらまあまあ」


 本気マジになってんの超ウケるわぁ。

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