第38話「はっけーん!」
桃色のアフロが、風に吹かれてもふもふ揺れる。鳥や蝶が大空を行く中、気にも止めずに言い放った。
「いい? 君たち!」
「「わん!」」
どどん、ででん。
そんなオノマトペが付きそうな佇まいで、ラズイーズは腕を組んで鼻を鳴らした。目の前には小さな魔物が二匹。犬のような風貌だが、額には小さな角がちょこんと生えている。両方とも毛並みは灰色で、瞳は赤、青と対になっているようだ。小さな尻尾はぱたぱたと振られ、最早土まみれ。二匹は舌を出したまま、へっへと息をする。
「人を襲ったら駄目だからね!」
「「わぅ?」」
ここはフェリトル王国の森の奥深く。国王や兵士の魂全てを吐き出して、城から去った小さな魔物ラズイーズ。彼は最近、ずっと魔物たちに同じことを言って回っている。シルヴィの約束とガルシアの眼力を忘れることができなかったのだろう。今でも時折思い出しては、ひとりでに顔を火照らせたり青ざめさせたりと忙しいようだ。
(お腹は空くけど、魔力はまだあるし)
ラズイーズはしゃがみ込んで、二匹の目を覗き込んだ。くりくりした双眸に、彼が反射する。
「人に関わったら駄目だよ! 万が一何かされても、すぐ逃げること。絶対! わかった?」
「「わおーん!」」
「物分かりがよくてよろしい!」
にこにこと微笑み合う魔物たち。この後一緒に鬼ごっこしたり隠れんぼをして遊んだ。
……ラズイーズは隠れんぼの最中、あることに気づく。
「なんだろ。村の方から、変なのを感じる」
(凄い嫌な魔力。ボクたちを追い払ってるみたい)
ラズイーズの語彙力が豊富だったなら、対魔物用の防御壁とでも言えたのだろう。ソワレたちの村全体がうっすらとそれに覆われている。バムの加護によるものだが、本人含め気づく者は皆無だろう。ごく自然に発動されており、魔力のあるものでない限り感知は難しい。ちなみにバムは、その単純で能天気な気質故に、未だ気づいていない。
「でも、知ってる気がする……」
「わん!」
「あっ、見つかっちゃった!」
二匹の魔物たちが彼めがけてジャンプし、派手に胸元へ飛びついた。ラズイーズはそのまま尻もちをついて、二匹の頭をよしよしと撫でてあげる。
「いい子たちだなあ」
「そうねぇ。魔力はあんまり無さそうだケド」
「え!?」
突然聞こえた背後からの声に、ラズイーズは勢いよく振り返る。小鳥のさえずりが聞こえるほのぼのとした森林で、その魔物は非常に浮いていた。存在感も、物理的にも。
ラズイーズの髪を更に濃く、そして鮮やかにしたようなビビッドピンクのツインテール。ところどころ切れている黒のタンクトップからはお腹が丸出しだが、きっと本人にとってはオシャレのつもりだろう。膝上の白いミニスカートからは華奢な太腿が大胆に顕になり、ツインテールの赤いリボンと相まって実に派手な印象を受ける。空中にふわりと浮かぶ造形は少女のようだが、中身は全く異なる何かがある。
彼女は星を散りばめたような銀色の瞳をうんと細めて、唇に弧を描いた。
「あらあらぁ。ここに居るのはみんな魔物なのねぇ。しかも、子ども」
「君だって子どものくせに!」
「やだ〜、そんなに若く見える? 嬉し〜」
とびきり甘い声でキャピキャピはしゃぐと、魔物は不意に表情を無くす。銀の瞳は金に変わり、ラズイーズたちを物色しているようだった。禍々しいその気配に圧倒され、小さな彼らはごくりと息を呑む他ない。
スッと瞳の色を戻した魔物の少女。心底残念そうに顔を歪めて、チッと舌を鳴らした。
「もー! ボウヤってばぁ、精通前なら奪えないじゃない! 気の利かないコだわマジで」
「えっ、ご、ごめんなさい……?」
「まあいいケド。さっき別ンとこでだいぶ搾り取れたから」
手をぐーぱーと開閉して、したり顔をする魔物の少女。真っ赤な唇をペロリと舐めると、鼻歌交じりに周辺を見渡す。ラズイーズは二匹の魔物を自分の背後に追いやると、また瞳の色を変えた彼女を見上げた。
(ボクの魔眼は人にしか効かないからなあ……)
さっきから何回も彼女と目が合ったものの、やはり影響は無いらしい。己の無力さに口をへの字に曲げた幼子はさておき、魔物の少女は村の方を向いて笑みを浮かべた。
「はっけーん! 人間の精気……うふふっ、片っ端から搾り取っていこう!」
(久々の外! 人間がこんなに繁栄してるなんて!)
__これぞまさに、
「ばいばーい」
「あっ、ちょっと!」
ラズイーズの静止も聞かず、その夢魔は己の欲を満たす為だけに向かう。青い空に白の雲が浮かぶ中、濃桃と黒のそれはやはり目立つことこの上ない。
バムの加護にすら目もくれないのは、アホなのか、破る自信があるのか。
手当たり次第に異性から精気を奪うこの夢魔。
彼女の名はアグネ。ジンクの妹である。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます