第28話「まだマシかも」

「お嬢さん」

「なんですか?」


 グレイスの部屋からの帰り道。すぐ近くだが念の為と、エスはシルヴィの隣に並んだ。

 彼女の様子を見つつ、窓側を歩くエス。シルヴィから見ると逆光で仄暗く映る彼だが、ぼさぼさの銀髪だけは月光に煌めいていた。その姿をちらりと見ると、なんだかとても不思議な気持ちになる。口元に大きな弧を描く兵士は、徐に口を開いた。


「部屋に戻っても魔道士さん居るんだよね」

「なっ、なんで知ってるんですか!?」

「あははー、やっぱり。ただの勘さー」


 エスは少し笑うとまた、元の表情に切り替える。非常に人当たりのいい青年の顔だ。


「でさー。俺は今夜ずっと王様の部屋の前で見張りするわけだし、なんなら俺の部屋で寝ない? って思って」

「えっ、エスさんの部屋って?」

「兵士寮だからちょっと男臭いけどねー。新米は数人で同じ部屋に押し込められるんだけど、俺ってばこの若さでお偉いさんだからさー」


「一人部屋なの!」と無邪気に語りかけてくるエスに、悪意も下心も無いと判断するシルヴィ。兵士寮はここのすぐ近くらしく、意外と快適らしい。その情報を貰った上で、シルヴィはうーんと顎に手を添える。

 二人は既にシルヴィの自室の前まで来ていた。扉を開ければ、ベッドでガルシアが眠っている。エスはちらりと扉を見て、すぐに視線を少女の方に戻した。


「どうするー?」

「……そう、ですね。確かに良いんですけど、でも」


 シルヴィは眉を下げ、困ったように笑いかけた。月の光に照らされる彼女に、エスは口をつぐむ。


「すいません。ガルシアさんに何も言わずに出てきちゃったんです」

「……あ、あー、そっかー。残念だけど仕方ないよねー」

「ありがとうございます、エスさん」


(あれ?)


 己の鼓動が早まったことに気づいたエスが、ぱちぱちと瞬きを繰り返した時だった。

 ガタッという大きい音と共に扉が一気に開け放たれ、中から一本の腕が飛び出す。

 少女が驚いて後ろを確認する間もない程に俊敏な動作で彼女の手を取っては、凄まじい勢いで室内に引き込んだ。扉が閉まる。

 一瞬のことだった。その中で己を激しい憎悪と共に睨んできたそれに、エスは身震いする。


「うっわあ、怖い怖い」


 やれやれと退散する兵士の一方、シルヴィの部屋の中では。

 彼女を引き入れたガルシアは、そのまま寝室まで連れて行くと思いっきり抱きついた。そのままベッドに倒れ込み、自分を下敷きにしてシルヴィを抱きしめる。


「がっるしあさん……っ、苦しいです」

「何処行ってた」


 少し怒気をはらんだ口調に、シルヴィがどきりと胸を弾ませる。ガルシアは眉をひそめると、シルヴィを抱く手を緩ませた。寝返りを打って横向きになり、彼女の顔を覗き込む。


「誰かに何かされた?」

「エッ、いえ特には……」

「へえ。ならいいけど」


 ガルシアは怯えるシルヴィを気遣って、口調を和らげたようだ。色違いの瞳が切なげに揺れて、シルヴィは違う意味でどきりとさせられる。


「目が覚めたら君が居なかったんだ、すごい怖かった」

「……はい」

「お願いだから、俺の前から消えないで。居なくならないでほしい」

「ガルシアさん……ごめんなさい」


 小さく述べた謝罪の言葉だったが、ガルシアには十分に届いたらしい。先程寝ていた位置にもそもそと動けば、シルヴィも戻ってと隣を叩く。

 シルヴィは一つ頷いてから、片眉を上げてみせた。


「でも本当に、今日だけですよ?」

「約束はしない」

「ガルシアさん! まったくもうっ」


 ふふ、と笑いを見せるガルシアは女性顔負けの美しさを誇る。生まれる性別間違えたんじゃないかとも思ったが、男としても十二分に整いまくっている顔だとシルヴィは結論づけた。どちらの性にせよ、ガルシアの本質は変わらない。


(困った人だなあ)


 そう思いつつ、なんだかんだ一緒に寝てしまう自分にも苦笑いを溢してしまう。

 ガルシアの隣で横になると、ふっと国王のことを思い出した。衝撃的で印象深い出来事だったから。強引に押し倒され、身ぐるみを剥がされる寸前まで行った。もしもエスが来ていなければと思うと、とても怖い。


「……やっぱり、ガルシアさんの方がまだマシかも」


既に寝息を立てているガルシアの姿にくすりと笑って、シルヴィはようやく眠りに落ちた。

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