第15話「一緒に寝よう」

「もうそろそろ着きます」


 キッシュが窓からそう告げる。すやすやと寝息を立てるシルヴィの傍らで、ガルシアは静かに頷いた。隣を見れば、大好きな彼女が居る。そっと栗色の髪を撫でてみると、少女は幸せそうに笑った。良い夢でも見ているのだろうか。


「あと千年は着かなくていいのに……」

「ははは、千年とはご冗談を。我々の人生何回分になるのやら……」


 相槌を打つキッシュの声は小さい。シルヴィを思いやっての行動だろう。彼は馬を従えて、馬車から距離を取り護衛をする。

 ガルシアはもう一度シルヴィの方を向いた。こてりと首を横にする彼女の寝顔は可愛いどころの話ではない。言葉に表せない何かを宿している。控えめに言って女神だ。好き。

 とこのような思考を何巡もさせるうちに、ふと前方から新たな気配を感じた。兵士たちとは異なる、そして、少し懐かしさを感じる気配。禍々しくて、一般人なら腰が抜ける者も居るだろう。今の時代なら尚更だ。

 どうやら魔物が現れたらしい。馬のいななきが実に不快に耳に届き、咄嗟にガルシアはシルヴィをローブの中に閉じ込める。ギュッと抱き寄せて耳を塞ぎ、彼女の安眠を妨げないように努めた。

 見なくても気配で大体わかる、これは自分が相手するほどでもない雑魚だ。兵士のお手並み拝見といったところである。魔物の居ない時代に生きる兵士は果たして相手ができるのだろうか。

 しばらくは落馬した者の呻き声や魔物に攻撃された者たちの情けない声ばかり聞こえてきた。思わずため息をつきたくなるが、ぐっと堪えて続きを聞き取る。どっこいしょ、せーの等と言って剣を振り回す兵士の声はキッシュだろうか。確かこの中では最も老けているはずだ。それでも新米には負けんと言わんばかりの活力は褒めるべき点だろう。


「んー……」

「よしよし」


 自分の腕の中でシルヴィが動いた。何か寝言をぼやいたのかもしれないが、聞き逃してしまったようで非常に残念。その後すぐに寝息を再開させた彼女の頭に口づけを落とす。


「大丈夫。君は必ず俺がまも」

「うおおおおお!!!」


 どでかい叫び声が、突如として空の彼方から降ってきた。馬車の天井に落下したらしく、盛大な衝突音が響き渡る。遅れて小さな着地音が一つ、こちらは大分身体能力が高いみたいだ。ただ、騒音はそれだけでは済まなかった。


「くっそ痛え! あーったく、何処だシルヴィ!」

「はいはい落ち着いてー。とりあえずオレはあっちやっておく」

「おう」


 身軽な方は魔物討伐に向かったらしい。若い兵士たちの歓声が上がったのはわかったが、それどころでは無かった。問題は、もう一人の方である。

 ガルシアが天井を睨むと、シルヴィがもそもそと動き始めた。どうやら目を覚ましたものの、まだ寝ぼけているらしい。ローブから顔だけぴょこんと出したかと思うと、目を細め始める。まだ視界がぼやけているようだ。


「……シルヴィ、疲れてる?」

「うんー……?」

「今夜は一緒に寝よう。快眠させてみせるから」


 魔道士は自身のキメ顔を少女にぐいっと近づける。少女は言われたことをちゃんと理解できていなかったようで、曖昧に一つ頷いただけだった。それだけでも万々歳だと、ガルシアは心の中で小躍りをする。喜びの舞。


「ガルシアてめえ……勝手に変な約束取り付けてんじゃねえ!!」


 思ったよりも馬車内の会話は筒抜けだったようだ。すぐに目を三角にしたナハトが馬車の窓辺に現れたかと思うと、一気に扉を全開にさせる。前方の魔物のおかげで停まっていた馬車では、魔道士と、魔道士の膝下で眠たげに目を擦る少女が居た。ナハトからしたら溜まったものではないだろう。早速剣を乱雑に振り回してくる若者に、ガルシアは心底嫌そうな顔を向けた。


「猿がバナナ持って戦ってる」

「んだとこら! てめーも寝ぼけてんのか馬鹿野郎!」

「キーキーうるさい。俺達に迷惑してるんだけど」

「お゛っまえな……!」


ぽやぽやと眠たげな少女を挟んで、二人の男はバチバチと火花を飛ばしていた。

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