第16話「据え膳喰わぬは男の恥だ」

 ____俺はずっと、何もない空間で眠っていた。いつの間にか封印が解かれたことには気づいたんだが、身体を動かす余力は無かった。

 だから、なけなしの魔力で作ったこの空間に閉じ籠った。昔みたいに眠っている女の魂を引きずり込んで魔力を奪う芸当は、封印から解き放たれたばかりの俺にはできなかった。

 だが、あの人の気配を感じた。禍々しいほどに満ち溢れた魔力。間違いない、間違えるはずも無い。

 しかし、実際に引きずり込んでみると違った。見知らぬ若い女だった。


「確かにあの人だと思ったんだが……」


 しばらく封印されている内に、力が鈍ってしまったのかもしれない。きっとそうだろう。

 しゃがみ込んでは、気を失っている少女を吟味する。絶世の美人、と言う訳でもないがまあまあ可愛い。栗色の髪の具合と出で立ちから、お偉いさんってわけでは無さそうだ。くるんとした上まつげを見ていると、小さく瞬いた。

 辺りは一面花畑だ。ここの景色は、主に引き込まれた者が大きく影響してくる。以前は山林だったり墓だったりしたし、あの人の場合は……結構凄かった。悪い意味でだ。とにかくなんか、怖かった。

 でも、久方ぶりの再会ができるってんなら話は別だ。絶対あの人の魔力だったのに、なんでこんなちんちくりんがやって来たのだろう。

 どうしたもんか……と悩んでいても埒が明かない。人差し指で女の唇を指して、そのまま顎、首、谷間へするりと辿らせた。

 白銀だった俺の目が、淡い黄金へ変わる。


「処女だな」


 妹は封印から放たれた直後、真っ先に人里へ向かっていった。おそらく男の精気を誰彼構わず搾り取っているんだろうが、俺はそんな不埒な真似は御免だ。女を指していた手で、頬杖をつく。

 俺は精気を吸う女は厳選したいタイプだ。年頃の女ほど量が多く、処女が最も質が良いとされる。


「……ほお、イイんじゃねえかコイツ」


 いきなり現れた奇妙な女とはいえ、なかなかの獲物。しかも寝ていると来た。これは襲ってくださいってことだよな、生贄って線もなくはねえ。

 据え膳喰わぬは男の恥だ。


「……ま、建前って言われりゃあその程度のことなんだが。実際問題、いつ魔力が尽きてもおかしくはねえんだよなあ……さてと」


 女の服を鷲掴み、引っ剥がそうとした時だった。

 聴き慣れた魔法発動音だ。あの人の。

 触れた肌の上に魔法陣が創造され、紫の光を宿す。


「やっべ」


 咄嗟に離したが、少し遅かった。

 女の魔法陣から稲妻が爆散する。掠っただけで一気に魔力が消し飛んでしまった。これモロに食らったら俺死ぬわ。

 しばらくした後に収まったものの、俺はまだ腰が抜けていて女に近づくことができない。久々にあの人の強さってもんを見てしまった。てかよく女は寝てられるよな。

 ____女の身体に、あの人の魔法陣。となると、コイツはあの人のお気に入り……?


「んだよ。手え出せねえじゃん」


 少しばかり不機嫌になるがまあ仕方がない。こうなりゃ、さっさと返しちまおう。

 ここは、俺が魔力で創った精神世界だ。コイツも俺も精神体。肉体はまた別の何処かで眠っているんだろう。額に滲んだ冷や汗を軽く払って、右手を女の方に差し向ける。


「ザメルキール」


 フォン、と懐かしい碧の光が女を包み込んだ。そのまま透けていく。あー勿体無い……と思いつつ、静かに見送った。完全に居なくなった瞬間、花畑は灰色の空間に変わる。

 灰色が俺の影響で出来てるのね、結構ヤバいってことだ。魔力に満ち溢れたときはもっと輝いていた気がする、ずーいぶん昔な訳だが。


「さてさてさてと。どーしたもんかねえ」


 冷たく硬い床にどしりとあぐらをかいて、俺はまた物思いに耽ることにした。

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