第14話「うー……」
「ガルシアさん、おはようございます」
「おはよ……寝癖ついてる」
本当ですか⁉ と頭を抑えたシルヴィ。ガルシアはとろんと眠そうなまま、彼女の髪を手櫛で梳く。されるがままになっているシルヴィは、手持ち無沙汰に窓の外を見つめた。
馬車の外では兵士たちが奮って朝ご飯の準備をしている。普段は剣を振るっているいかつい手がせっせと調理している様に、シルヴィは心が少しほぐれた気がした。
自分も手伝おうと、ガルシアを放ってドアを開ける。そのまま出ようとした矢先、ぐいと腰を後ろに引かれた。目を白黒とさせる中、彼女は魔道士の懐にすっぽりと収まってしまう。
魔道士は不機嫌そうに耳元で囁く。
「何処行くの」
「あ、朝ご飯の支度を手伝おうとっ」
「一緒に居たい」
「駄目です……ひゃっ」
首元に頭をぐりぐりされ、ふわふわの髪の毛がくすぐったい。たまらず声を上げたシルヴィに反応すると、ガルシアは頬を緩めて更に頭を寄せる。
「ふふっ、ちょっ、がるしゃあっ、んひゃっ!」
「うーん」
「や、やめっ、あははっ!」
じわりと目尻に涙が滲む。ガルシアはふと顔を上げると、彼女の腰に回していた手でそっと涙を拭ってあげた。息を整える彼女を尻目にぺろりと涙を舐めれば、平然とした顔でそっぽを向く。
「しょっぱい」
「ななな何舐めてんですか!汚いですよ早くペッてして下さい」
「母親みたいなこと言う君も好き」
埒が明かない……!
そろそろ胃がキリキリしてしまうんじゃないか。好意はありがたいがここまでしつこいのはちょっと、いやかなり邪魔ものである。シルヴィはむゆゆっと頬をふくらませると、目を三角にしてガルシアに大声を出す。
「邪魔しないでください! というか、そんな暇あるなら調理の手伝い一緒にやってください!」
「わかった」
聞き分けのいい子どもみたいに、素直に頷いた魔道士。多少拍子抜けしつつ、シルヴィはそっと馬車の扉を開ける。地上に降り立ったところで、近場に居た調理準備中らしい兵士に現状を尋ねる。
「すいません、ぜひお手伝いさせていただきたいのですが……今は何をお作りになられているんですか?」
「えっ、そんなお客さんに手伝ってもらうなんて悪いよ! そうだなー、今日の朝ご飯は野菜スープと乾パンにしようと思ってるんだ。こんな野郎どもが作るもんなんで、期待はしないでくれよ!」
気前よく答えてくれた兵士は、そのまま野菜を担いで去っていく。一人分が多いのか、もしくはシルヴィが思うよりも馬車の同行者が多いのか。先程見た調理場とは別の場所にも、大量の野菜や水、そして大きな鍋がところ狭しと用意されていた。
「シルヴィ。野菜スープの作り方教えて」
「え? そうですね……おそらく、近くの川の水を煮沸消毒して、その中に切った野菜を入れて、塩と胡椒を少し……だと思います」
「ありがとう」
ローブを翻すと、ガルシアは川の方向、野菜の置かれた場所、そして大きな鍋をぐるりと見渡す。ふむ、と口をへの字にした瞬間、いきなり異変が起きた。
川の水が宙に浮き、同じくふわりと空中を舞った大きな鍋の中へ流れ込む。そのまま鍋の底に炎が現れ、一瞬のうちに川の水は沸騰した。
次に野菜が空へと飛んだ。成すすべもなく地上へ落下しようとする最中、見えない包丁でもあったかのように見事にバラバラにされていく。それらもまた鍋の中へちゃぽんと沈みゆく。
極めつけには塩と胡椒だ。調味料の袋ごと鍋の上まで浮遊してくると、結構大胆に投入された。少し味は濃そうだ。
周りの兵士と同様、シルヴィからは感嘆の息が漏れる。小さく拍手をしながら、表情の変わらない魔道士に口を開いた。
「凄いです! 魔法って色んな使い方ができるんですねー!」
「……うん」
ポッと顔を赤らめて頷いたガルシア。なお、彼に語りかけてくる他の兵士には目もくれない。ようやく人が散り散りになったところで、シルヴィはいそいそとスープをよそう。一口だけ飲んでみると、花が開くような笑みをガルシアに向けた。
「はい! バッチリです!」
「……俺も」
えっ、と声を上げるシルヴィから器を受け取り、同じところに口をつける。口の端をぺろりと舐めて、満足げに目を細めた。
「こういうの、久しぶりだ。美味しい」
「うー……」
間接キスとかって気にしない人なのかな、わざとやってるのかな、天然なのかな⁉
頭をぐるぐると酷使させたシルヴィは顔を真っ赤にさせ、勢いよく他の兵士たち分のスープをよそい始めた。半ばやけになっているように見える。そんなことは関係なしに、ガルシアはぽわぽわとスープを完食する。
今日はどうやら晴れのようだ。
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