第10話「よろしくねー」

「な、なんだありゃ!?」


 思わず声が裏返り、咄嗟に喉を抑える。今まで生きてきて初めての出来事があったからだ。

 城の豪奢な馬車が道を往く。周りには護衛らしき兵士たちが貧相な馬で併走しており、こんなしけた村には到底似合わない光景だ。

 俺以外にも野次馬は沢山集まっている、村人の大半は物珍しげに見物しているようだ。俺は一つ息を呑んで、ちょうど前を通り過ぎる馬車の窓へと視線を移す。そして、呼吸が止まった。

 何を話しているかはわからない。わからないが……シルヴィとガルシアの2人が乗り込んでいる。咄嗟に先日の天災のことを思い出した。あの事で城からお呼びがかかったってことかよ……シルヴィは関係無いんじゃないのか!?


「あ、ナハト兄ぃ〜!」


 ぴょこぴょことジャンプしては俺の視界に入ろうとする少年。俺の8つ下の弟、リヒトだ。教会に行ったはずだが、総出で見に来たのか。そう思うと同時に馬車に居る魔道士への焦りは大きくなる。行ってしまう。

 リヒトはにいっと口に弧を描いて俺を見上げた。


「ナハト兄ぃ、馬車の中の人見たの?」

「……まあな。シルヴィたちだった」

「ナハト兄ぃ、行かないの?」

「行ったらお前たちはどうすんだよ。誰が世話すんだ」

「ソワレ兄ぃも居るから大丈夫だよ。困ったら他の兄ぃにも町から出戻りしてもらえるよ」

「出戻りってお前な」


 軽く小突くと頭を抑えたリヒト。それでもなお笑って、それでも瞳の奥は寂しそうに言葉を重ねる。


「僕ね、好きな子居たんだ。でもね、その子が遊んでるのずっと見てたんだけどね、その子は一緒に遊んでる男の子のことが好きになったんだって」


 頭に添えた手を降ろして、今度は真っ直ぐな視線を突き刺してくる。俺と同じ橙色の髪が、朝日に煌めいた。


「駄目だよ。一緒に居ないと、とられちゃうんだよ。我慢しちゃ、駄目なんだよ」

「……はっ、ガキのくせに悟ったみたいな顔しやがって」

「もう一人で家事できるもん」


 こいつなりに精一杯背中を押してくれているのだろう。真剣な眼差しを突き刺して来るあたり、本当に俺を行かせるつもりらしい。

 そっと目を伏せて、静かに息を吐く。肩の力が抜け、冷静になる気がした。

 シルヴィは今、確実にあの気味悪い野郎に流されている。あいつが望みもしない展開になった時に、側にいてやれない……守ってやれないのはいただけない。

 リヒトの表情に応えるように、そっと口角を上げた。目を見開く子どもの頭をぐりぐりと撫でる。


「わっ、何するの!」

「なんでもいいだろ。……ありがとな」


 リヒトの頭から手を放すと、俺は馬車の行った方へ一目散に駆け出した。何も持ってねえ、身一つじゃ追い返されるのがオチだ。んなこた知ったこっちゃねえ。


 リヒトが何か言った気がしたが、自分の荒い息によって掻き消されてしまった。でも、なんとなくわかる。本当にマセた9歳だ。街でホストをこなす兄貴たちに、何か吹き込まれたのか。


「ったく、なーんでオレの愛馬ちゃんだけ先に帰るかなー。だからって一人歩かせる上司もないよねー、ブラックだねーこの世の中」


 やだやだ、なんて一人言を呟く兵士が一人。馬車の音が遠い中、その男はとぼとぼと歩いていた。俺はそいつめがけて駆け抜ける。


「あの!」


大声で呼び止めたつもりだが、喉はカラカラに渇き、掠れた声しか出なかった。しまったと思うも、直後に兵士は振り返る。疲れ切った顔で気怠そうにこちらを向くそいつは、どうにもしまらない。

頭の防具を外すと、くしゃくしゃになった銀髪が飛び出した。ひょろ長い背、足が長い。熟したリンゴの色をした垂れ目は、夕焼けの光を受けてか鈍く光っている。

俺は深く頭を下げた。


「俺も連れて行ってくれ!頼む!」

「……えーと」


眉毛をハの字にすると、そいつは口元を歪めた。


「あははー、兵士希望かな。ちょうど人員不足だし、いいよー。ブラックだけどー」

「兵士、」


希望じゃない、と言いかけた口をつぐむ。なんだっていい、とにかくアイツらに近づく、追いつく____!


「オレはエス。よろしくねー」

「俺はナハトだ……です。よろしく」


うんうんよろしくねー、とアホみたいに明るく笑うエスは、表情を変えずに続ける。


「それじゃ、今夜は野宿しようか。オレ熊食べたい気分だから獲ってきてくれないー?」

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