第9話「安心して」
「そういえばガルシアさん、さっき言いかけてたのはなんだったんですか?」
「……ああ」
ハムエッグを頬パンパンに詰め込んだ青年は、牛乳でそれを一気に喉へ流し込んだ。「ふう」と一息吐いてから、伏せ目がちに告げる。
「王国の小隊がこっちに向かってる。もうそろそろ着くと思う」
「え! 小隊!?」
「安心して。何があろうと君は守る、あんな雑魚にはまず負けない」
「なんで……あ、この間の天災……!」
「放置プレイ」
ガルシアは言うだけ言うと、眠たげに目を擦る。シルヴィは少し不安そうな面持ちで残りのご飯を平らげた。「ごちそうさまでした」と両手を合わせてから、席を立つ。
その時だった。
「来た」
ガルシアの一言に反応する間もなく、淑やかに玄関のドアが叩かれる。シルヴィはとてとてと駆けて行き、慎重に応じた。
ドアを隔てて、幾人かの気配がする。
「どちらさまでしょうか」
「フェリトル王国軍第三小隊の者だ。貴女と、そこに居る魔道士に話がしたい。開けてくれ」
「は、はい……」
微かに掠れた、渋い男の人の声だ。ゆっくりドアを引けば、4人の兵士が姿を現す。1番前に居るのが隊長だろうか、老年の兵士だ。
彼はシルヴィを怯えさせまいと、穏やかな笑みを繕う。刈り上げられた灰色の髪、皺が幾重にも刻まれた褐色のかんばせ。髭が申し訳程度に鼻の下に生え、身綺麗にしているようだ。
「すまないね娘さん。私の名はキッシュ、ここの小隊長だ」
「し、シルヴィと申します」
「早く済ませて出て行け」
謙虚な姿勢をとる少女に反し、机に頬杖をついて睨みを効かせる青年。何やら水音がすると思い音の源を辿れば、ガルシアが魔法で皿を洗っているようだった。キッシュ以外の兵士が動揺を顔に出す。小隊の長は流石に肝が据わっているのか、堂々とした面構えで目を細めた。
「話は聞いたが、いやはや本当にできる魔導士なのか」
「上から目線ウザい。俺らの愛の巣に汚い足で踏み入るな」
「愛の巣じゃないです私の家です」
ふるふると首を横に振るシルヴィと不機嫌そうに顔を歪めるガルシアを交互に眺め、キッシュは暫し考え込むような仕草を見せる。きっとそれは前置きのフリでしかなく、当人の脳内では次にすべきことが決定されているのだろう。あくまで友好的に、彼は片膝を床につく。後ろの兵もざわめきつつそれに続いた。
「気を害したならすまん。しかし、王の命令だ。貴方方には一度、王宮に出向いてもらう」
「わっ、私もですか!?」
立ち上がった兵士にドキリと胸を弾ませ、目を白黒させるシルヴィ。ああ、と頷くキッシュは部下にドアを開けさせると、村には似つかわしくない豪奢な馬車を彼女たちに見せた。
「急な話で済まないが、今すぐ来てくれ。王がお待ちだ、服装は気にしなくていい」
(ずいぶんとトントン拍子なもんだな)
すっとガルシアが目を細めた先で、シルヴィは困ったように眉を下げた。ちらりとガルシアに視線を送る。不安でいっぱいなその表情に、ガルシアは落ち着いてと念じながら微笑みを返した。席から立ち上がり、シルヴィの背後まで歩くとそのまま抱きつく。ひゃうっと肩が跳ねた彼女だったが、強ばった体はいくらか和らいだようだった。色白で綺麗な耳に、ガルシアはそっと囁く。
「君は俺が守る。安心して」
「く、くすぐったいっ、ですっ……!」
「んー。ふふ」
そのまま耳を食んで遊ぼうと思った矢先、キッシュたちの視線がこちらに向いていることに気づき、顔を歪める。不快だ、邪魔だ、早く二人きりにして欲しい。
二人は足早に支度を済ませると、馬車に乗り込んだ。まだ昼にもならない時間帯のことだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます