第6話 「こっち向いて」

 ちゃぽん、と髪から湯船に雫が落ちる。ボーッと波紋を眺めてから、鼻の下までお湯に浸かった。温かい。


「……」


 前髪が湯で張り付くので、思い切りかきあげた。しばらく、静寂に包まれる。耳を澄ませていれば、風呂場の外から足音が聞こえた。シルヴィが来そうだ。


「あの、替えの服置いておきますねー!」

「うん」


 そう言えば、服は誰のものなのだろう。サイズ的に彼女の服は入らない。父母も見当たらない。じゃあ、え。


「彼氏とかの服?モブEの?」

「うわあああ出てこないで下さい!!」


 ガラッと扉を開けると、真っ赤になって慌てふためくシルヴィの姿があった。手に持っているのは、フリーサイズのバスローブだ。

 俺が不思議そうに服を見ていることに気づいたのか、反対側を向いたシルヴィは早口で説明する。


「ず、ずいぶん前に宿に泊まった時に貰ったんです! 使ってなかったので」

「宿……男と?」

「か、家族でです!」


 そばに置いてあったバスタオルを腰に巻き、ハンドタオルで顔を拭う。身体に付着した水滴を炎魔法の応用で蒸発させれば、こっちを向かない俺の想い人に近づいた。


「ん。バスローブちょうだい」

「はい!」


 依然としてそっぽを向いたまま、バスローブだけ俺へと差し出すシルヴィ。その姿も愛らしかったけれど、ほんの少しだけイジワルしたくなった。バスローブを手早く身に纏えば、彼女の耳元で囁く。


「こっち向いて」

「でも今裸じゃないですか!」

「着たから」

「……本当に?」


 ちらり、と目線だけこっちに向けてくる彼女。どんな小動物よりも可愛い。ふふ、と含み笑いをしてから、大きく頷いてみせた。


「顔見せて」


 仕方ないなあ、といった雰囲気満載のシルヴィ。ゆっくりと振り返れば、何故か目を丸くした。バスローブはきちんと着たハズなんだけど……。あ、もしかして。俺は冗談半分で首を傾げる。


「風呂上がりの俺に見蕩れたの? 可愛すぎ」

「否定できない……」

「え」


 否定されるかと思っていたから、まさかの好感触にこっちが衝撃を食らってしまった。火照った頬が、更に熱を帯びる。恥ずかしそうに下を向いたシルヴィだったが、すぐにまた口を開いた。


「つ、次! 私お風呂入るので出て行って下さい!」

「一緒に入る?」

「ダメです! というか、今入ってたでしょ!」


 どことない母親感。苦笑して見下ろすも、彼女は大きな瞳をぱちくりと開閉するだけだ。どうしよう、どこまでも可愛く見える。これが恋なら、なんて素晴らしいんだ。

 ここは大人しく退散することにした。しつこくして彼女に嫌われても本末転倒だし。最後に一つだけ。

 俺は彼女の頭にキスを落とす。俺の手を頭に置いて、手の甲に。直接ではないから、約束は違えていない。


「ギリギリセーフ」

「はい?」

「なんでもない。ねえ」


 自分の衣服を大事そうに抱える彼女に、素直に思ったことを告げる。


「俺は、出会った時からずっと君に見蕩れてる」

「えっ、ええ!?」


 満足。鼻歌交じりに、呆然とする彼女の横を通り過ぎて脱衣場を出た。バスローブの丈はちょうど良くて、なかなか着心地が良い。


「ああもう……調子狂うなあ」


 彼女の独り言には、ついぞ気づくことは無かった。

 大好き。初めて見た時、本当に、天使に見えたから。俺の、俺だけの女の子だから。モブEなんかには穢させない。優しくて可愛くて、一緒に居るだけで幸せになるんだ。

早く俺のものになって。

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