第5話 「俺の大事な奴だから」
「封印される前は、黒魔道士様の中でもお偉いさんだった訳ですね」
「うん。王様に仕えてた」
「詠唱も魔法陣も無しにあんな所業出来ちまうあたり、相当ヤバい奴なんだなアンタ」
「……」
「いや無視かよ!」
天災が止んだ後、私たちは私の家へと戻ってきた。こぢんまりとした簡素な作りだが、住む分には十分だと思う。
座り込んでは肩をつき合わせて話す私たち。ガルシアさんの昔話を聞くことになった。とはいえ、ざっくりだけど。
「俺は魔道士たちの中でも特に魔力がずば抜けて高かったから、だいぶ出世した」
「へえ。まあ、今のご時世でもアンタくらいの魔道士は居ないだろうな」
「うん」
「そこは肯定するのか……」
呆れるナハトに代わり、私はちょっとだけ身を乗り出して声を出す。ガルシアさんの視線が即座にこちらへ向いた。ナハトに向けるものとは真逆の温かい……最早熱いとも言える視線に、心做しか狼狽えてしまう。
「シルヴィ。どうしたの?」
「いえ、あの……なんで封印されたんですか?」
「ああ」
ガルシアさんは、何故か嬉しそうに応じてくれる。身を乗り出した私に顔を近づけて、彼は言った。なお、真ん中に居るナハトはなんとも言えない表情でガルシアさんを睨めつけている。
「王様の娘との結婚を断ったから」
「え」
「それっておま、お姫様ってことだよな!?」
「うん」
ナハトと私が驚きの声をあげる中で、それでも静かにガルシアさんは語る。彼の氷魔法の応用のおかげで、暑さの心配は無くなったから、尚更話題に食いつく事が出来る。
「舞踏会に参加させられて、一緒に踊らされた。最後に王様が来て、結婚しなさいって言われた」
「おいおいそりゃあ……」
「そのままハッピーエンド……じゃなかったんですね。どうして断ったんですか?」
「うーん、色々あったと思うんだけど」
ガルシアさんのオッドアイが、喜色に満ちて私に向けられた。花が咲くような笑みに、私もナハトも肩を揺らしてしまう。
そっと左手を取られ、薬指に弱く口付けされた。
「……こうして、君に巡り会う為かな」
「バーカ」
勢いよくガルシアさんの後頭部を叩いたナハト。あからさまに不機嫌そうで、なんだか怖い。突然の事で顔を火照らせた私は、混乱しながら二人を交互に見やる。
頭を抑えながら、半ギレ状態でガルシアさんがナハトを睨んだ。最早そのオーラに色が付きそうだ……今なら、赤とか。
「痛い……」
「わざとだ。シルヴィにナニしてやがる」
「お前には関係ない」
「はあ!?」
「まま待って二人とも!落ち着いて!」
頑張って声を張り上げると、二人は仕方なさそうに喧嘩を止めた。良かった……と思うも束の間、二人の舌打ちが聞こえる。
「シルヴィに免じて何も言わないで居てやる。だが次は無いからな」
「ウザい。次も何も無い。これから数え切れないくらいするから」
「ええ!?」
せめて数え切れる範囲の方が、なんて思考がズレてしまう。顔を赤らめた私に、ガルシアさんはふわりと微笑んだ。
「好き。俺と結婚して」
「だ、ダメです……」
「ツンデレ? ツンも可愛いけど、デレるのも待ち遠しい」
「おいアンタ!シルヴィにちょっかい出すな!」
シルヴィは、と続ける言葉はなかなか表れず、ナハトは耳を赤くしている。そっぽを向いて、小声で言葉を口から押し出した。
「シルヴィは……俺の大事な奴だから」
「敵」
「は?」
「ツンデレはシルヴィ一人で十分。お前はモブEでもやってればいい」
「Eかよ、じゃないモブってなんだよ!?」
「私はツンデレじゃないと思うけどな……あ」
ナハトがそう言ってくれるのは、素直に嬉しい。誰かに大事って言ってもらえるのは、自分がそこに居てもいいんだって思える。
私が何かを思い出した素振りを見せると、即座にガルシアさんが反応した。ぐいっと顔を近づけて、「何」と聞いてくる。すぐに顔を赤くしたナハトによって離されたけど。
「ガルシアさんはおいくつですか?」
「シルヴィってば、意外と積極的」
「いいから。さっさと答えろよ」
「うるさい。……封印される直前だと、17歳。封印されている間を付け足せば、三桁は確実」
「封印されている間の記憶は?」
「ない」
それじゃあ、精神年齢的にもそこで止まっていたのか……。私が納得している間にも、ガルシアさんは続ける。
「封印の刻印が薄れて、それで復活できた」
「なるほどな」
「魔物も一緒に出てきたから、とりあえず適当に瞬間移動して逃げた」
「おい」
一緒に魔物も封印されてたってこと!? 昔の王様はずいぶんと破天荒だったみたい。「ついでに封印しちゃえみたいな」と彼は言うけど、ついでに魔物を封印する思考がわからない。というか、封印されるほどの凶悪な魔物だったんじゃないのか。
「どうしてアンタ、魔物を仕留めなかったんだ!」
「仕方ないだろ。復活直後は弱ってたから、魔法なんて以ての外だった」
むすっとして答えるガルシアさん。だから見つけた時も氷魔法で対策できなかったんだ。ようやく納得して、深く頷いた。
ガルシアさんはちょっと首を傾げて考え込む動作をすると、「たぶん」と付け加える。
「さっきの天災も、魔物の仕業だと思う」
「なんだ、そりゃ……」
ナハトはしばらく口を噤んだが、やがて慎重に問い質す。
「それで。アンタ、これから」
「アンタって名前じゃない、ガルシア」
「……ガルシアはこれから」
「名前で呼ぶな」
「おい!」
再度私が双方をたしなめて、続きを促した。ナハトは何かを押し殺した声音で問いを投げかける。
「ガルシアはこれからどうする気だ。行く宛はあるのか」
「ある。シルヴィの伴侶に」
「ふざけんな。まさか、コイツの家に住む気じゃないだろうな」
「? 恋人が同棲して何が悪いの」
「恋人じゃないです……!」
平然と言い切ったガルシアさんに、思い切り首を横に振る。恋人とかでは断じてない。そんなつもりもない! ナハトは私のそんな意志を汲んでか、大きく息を吐いてから「おい」とガルシアさんを睨みつけた。
「俺の家に泊まれ」
「無理」
「拒否権は無いからな」
「待ってナハト。ナハトの家って兄弟多くて大変なんじゃ……」
私の指摘にナハトはグッと詰まって顔を曇らせ、反対にガルシアさんは表情を明るくさせた。
ナハトの家はお母さんが居なくて、お父さんは国に仕える一兵士だ。八人兄弟の四男だった気がするんだけど……生活はきっと楽じゃないハズだ。実際、兄弟の誰かが病に臥せった時は医者じゃなくて私に診せに来るくらいだから。
ナハトは困窮したような声音を絞り出す。
「じゃあどうしろって言うんだ。みすみすシルヴィを危険な目に遭わせてたまるか……!」
「危険な目なんて遭わせない。俺が一生守る」
「黙ってろ危険な目宇宙代表!」
確かに、出会ったばかりの男の人を泊めるのも頂けたものではないと思うけど。でも、そこまで気を張る必要も無いんじゃないかなと思う。
「それじゃあ、指切りげんまんしますか?」
「は? シルヴィ、本気で言ってんのか?」
「うん。約束は絶対だから」
「小指だけ立てる君も可愛い。分かった、約束する」
呆気に取られるナハトはさておき。私とガルシアさんは小指を絡めて、緩く上下に振った。その間も、ガルシアさんの双眸は私から動かない。
「はい! これでもう安心」
「この身に誓って、約束は違わない」
「まったく……くそ」
不愉快そうに眉をひそめたナハト。私はスススと近寄って、彼の頭に手を置く。びくりと肩が大きく上下したけれど、それ以上の反応は無かった。呆然と私を見つめている。
「心配してくれてありがとう、ナハト」
「……べ、別に心配とかじゃない!俺はただ!あの魔道士が気に食わんだけだ!」
「うんうん」
「ほ、本当なんだからな!」
「撫でられるの嫌い?」
「そうは言ってないぞ。まったく」
橙の髪はサラサラと揺れる。満更でもなさそうに口を尖らせたナハトに、思わず笑みが零れた。大好きな私の幼なじみだ。
「……ねえ」
「うひゃ!?」
「俺には?」
謎の対抗心を発揮してきたガルシアさん。いきなり背後から抱きついてきて、顔を肩に埋められる。吐息と髪が首に触れて、ゾクッとした。思わず甘い声が漏れ出る。
「俺も撫でて」
「んっ、ちょっ……へあっ」
「が、ガルシア〜!」
額に青筋を浮かべ、頬を赤らめたナハトが怒鳴りつける。立ち上がっては私の背中にへばりついたガルシアさんを薙ぎ倒し、胸ぐらを引っ掴んだ。対してガルシアさんの表情はあまり変わることがなく、眉だけが嫌そうに寄せられている。二人がいがみ合うところを見て、思わず息を吐いた。
なかなか相容れることができないけど、これはこれで仲良しなのかな?喧嘩するほど……みたいな。
結局、太陽が沈むまでこのやり取りは続くこととなった。
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