第4話 「カレシ……!」

「おい!大変だ!……は?」

「あっ、ナハト。どうしたの?」

「いやお前こそどうしたの状態だろが」


 遠慮なくドアを開け放ち入ってきた少年。私の一個上の幼なじみ、ナハト・ロペスだ。橙のツンツンした短髪、強気な釣り眉にメロンソーダのような色を放つ瞳。健康的に焼けた肌は私とは正反対で、いつも元気な男の子である。

 そんな彼は、座り込む私と私の裾を掴んでいるガルシアさんを交互に見て眉をひそめた。少しだけ不満そうに口先をすぼめる。


「……んだよ。彼氏が居るなら先に言っておけっての」

「いや待っ、違うから」

「カレシ……!」


 ガルシアさんも乗り気にならないでください!

 慌てて弁解すれば、ナハトも納得してくれたみたいだ。「確かにシルヴィに限って」と。なんだか心が痛かったが、事実だから仕方がない……。

 ナハトは落ち込む私に戸惑いの視線を向けていたが、すぐに気を取り直して言葉を紡いだ。


「天災だ。さっき街の中央に落雷があって、一面火事が起きてる。早く逃げろ」

「そんな」


 ナハトの表情は真剣で、こちらも切羽詰まってしまう。荷物をまとめようとするも、すかさずガルシアさんが言い放った。


「俺が天災を止める」

「は?」


 目を点にしたナハトに、ガルシアさんはもう一度同じことを言った。あまりにも当然の事のように言うから、鼻で笑われてしまう。


「火事どころか、天災だって? どういうつもりか知らんが、ハッタリを言う暇があるなら避難しろ」

「ハッタリじゃない。お前こそ何処かへ行けばいい。でも、シルヴィは連れていかせない」

「おいおい……シルヴィ、コイツなんなんだよ」


 両者の目からバチバチと何かが飛び合うのを感じつつ、引き攣り笑いをしながら説明する。ナハトは納得のいっていない面持ちながらも、一応頷いてくれた。


「とりあえず、ここから出るぞ」

「うん!」

「俺に指図しないで」


 さっきからガルシアさんはナハトに対してあたりがキツい。ナハトは口調こそ荒くなる時はあるけれど、根はとても素直で優しい人だ。できれば仲良くなって欲しいんだけど……。外へ出ながら、前を進む二人の背を見やった。


「わぶっ」

「! ごめん……ここでいい」

「は!?お前、どういうつもりだ!」


 いきなり立ち止まったガルシアさんの背中に、思い切り顔面をぶつけてしまった。雨の中で静かに曇天を仰ぐ彼は、徐に口を開く。落雷や暴風に負けない力強い声が、私とナハトの耳朶じだを打った。


「たぶんこれ、俺のせいだから」

「え!?」

「だから俺が終わらせなくちゃ」


 ガルシアさんがそう言うと、彼の周りから上昇気流が吹き出し始める。飛ばされそうになった私の肩をナハトが抑えて、重心を下へ下へと集中させた。ガルシアさんの上空、ほんの少しの範囲が青空に変わったと思った瞬間、そこから雲は全て弾け散った。周りへ伝染していくかのように、ついに遠くの方の雲も消えてしまう。落雷はおろか、暴風も無い。爽やかな晴れの心地が私たちを包み込んだ。遠くの火事場も、今では火の影も形も無い。あまりにも静かに、あっという間に済んでしまったから、ナハトも私も呆然と立ち尽くす他無かった。


「んだよ、これ……」

「だから言っただろ」

「詠唱も魔法陣も無しに、こんなことやってのけるって……普通ありえねえだろ」


 呆然と立ち尽くしたナハト。ガルシアさんは彼を置いて、私の元へと歩を進める。目の前に立った所でまた、人懐こそうな笑みを浮かべた。


「どうだった」

「凄いと、思いました……」

「……ふふ」


 嬉しそうに笑う彼は、さっき天災を打ち消した魔道士様と同一人物とは思えない。それにしても、たぶん俺のせいってどういうことなんだろう。


「なあ。アンタ、何者なんだ?」

「……」

「無視するな。答えろ」


 ナハトの問いに、至極面倒くさそうに顔を向けたガルシアさん。きっぱりと言い放つ。


「ガルシア。姓は忘れた。ずっと昔に封印された黒魔道士で、最近復活した」

「……えっ?」

「何? 君の言葉ならなんだって聞く」


 私が言葉に詰まると、甘い声で囁きかけてきたガルシアさん。両手を取られて、思わず固まってしまう。

 封印されていた黒魔道士って、何をしたらそうなるの!?というか復活!?え!?

 ____しがない田舎の天災が一瞬にしてかき消された大ニュースは、数日も経たずに国中に広まって行くことになる。しかし、この時の私達は知る由もなかった。

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