第7話 「いただきます」

「好き」

「はいはい」

「大好き。ずっと一緒に居たい」

「ありがとうございますー」


 段々と耐性が付いてきた。お風呂からあがると、ガルシアさんはより一層私を褒め殺しにかかる。よくもまあ飽きないなあと感心するばかりだ。

 止まらない褒め言葉を遮ろうと、棒状のクッキーを棚から取り出す。コンビニで売れ残っていたものを貰ったのだ。不思議そうに言葉を止ませた彼に、一本差し出した。私がもう一本を口に咥えると、呆気に取られた様子を見せる。


「美味しいですよ。お一つどーぞ」

「……君がいいなら」

「え?」


 私が差し出したクッキーを優しく除けて、顔をゆっくりと接近させてくるガルシアさん。何が何だかわからない。本能的に後ろに下がるも、そこは棚だ。これ以上下がれなくて、思わずギュッと目を瞑る。

 聞いたことがある。二人で一本の両端を咥えて、食べ進めていくゲームがあると。もしかしたらそれなのかもしれないけれど、あれじゃあ最後はどうなるんだろう。

 端っこをまれ、互いの距離が縮まっていく。私の頭の両隣に肘を突かれ、最早完全に逃げ場は無くなった。温かい吐息が顔にかかって、どうしようもなく恥ずかしい。息を詰まらせながら、少しずつクッキーを食んで行く。


「……はあ」

「ん?」

「……」


 途中で弱いため息を吐かれた。何かやらかしたかな。むしろやらかされている側じゃないかな私。どこまでも色めいた彼の顔が、あと数センチのところまで来ている。青と琥珀の双眼が、ギラギラと光っていた気がした。


「いただきます」

「!?」


 ついに唇が触れ合うかと思いきや。

 パリン、と甲高い音が鳴り響いた。咄嗟に床を見れば、足元には粉々になった小皿が散らばっている。私が背中で棚を押したせいで出てきてしまったみたいだ。慌ててしゃがみ込んで手を伸ばせば、ちくりと指先に痛みが走った。


「痛っ……」

「触っちゃ駄目」


「俺がやるから下がってて」と言ってから、なんらかの魔法で破片を回収したガルシアさん。元の形に戻すと、壊れていたのが嘘みたいに直ってしまう。人差し指に滲んだ血のことも忘れて、ただマジックに魅入られた子どものように釘付けになった。そっと小皿を棚に戻した彼は、すぐに私の両手を手に取る。

 ひんやりした硬い男の人の手。その感触は全然慣れていなくて、ちょっとだけ頬に熱が集う。

 ガルシアさんは私の手をくまなく観察してから、見つけた傷を恨めしそうに睨んだ。正直、ちょっと視線が怖くて居た堪らない。


「あの、ガルシアひゃんっ」

「ん……ごめん。守るって言ったのに……約束を違えた……」


 ペロ、と傷口を舐められ、背筋がゾクッとしてしまう。反射的に飛び出た甘い言葉に赤面しつつ、私は全力で首を左右に振った。


「ちっ、ちがっ。そういうことじゃない!」

「……?」

「いきなり手なんて舐めないでください! 汚いですから」


 私の発言は、虚しく宙を舞う。ガルシアさんは心底理解が出来ないと眉をひそめ、首をこてりと傾げた。ふわふわの赤髪も釣られて跳ねる。


「汚いわけがない。君はいつだって清らかで美しいそうまさに楽園の天……」

「もーそういうのもいいですから!」

「照れてる顔も好きだよ」


 スッと細められた双眸には温かい何かが滲み出ているようで、とことん居心地が悪い。

 私が返す言葉に迷ってる間も、ガルシアはじっとしているようだった。そんなに私の顔を見たって何もならないのに。楽しそうに唇が弧を描いていて、それがどうしても様になる。

 本当に、からかうのも大概にして欲しい……!

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