第2話 「口移しかと思ったのに……」

「……」

「ちょっ、大丈夫ですか!?」


「好き」と言い残したきり、気を失ってしまった男の人。息が上がっている、急がないと。

 さっきのは事故、ファーストキスじゃない。そんなことを意識してる場合じゃない!そう思おうとしても、自分の頬は勝手に赤く染まってしまう。第一、好きって何!?

 一歩一歩を踏みしめながら、私の家へと急ぐ。肩を担いだ男の人をちらりと見て、グッと唇を噛んだ。


(私が魔法を使えたら……)


 白魔法の一つでも使えたら、すぐにでもこの人を救えるのに。

 ないものねだりをしていても仕方がない。落とした教科書はそのままに、私は全力で家へと続く道を辿った。




 ーー★ーー




 布団を敷いて、男の人を寝かせる。ちょっとだけ躊躇ってから、ええいままだ!とローブを引っ剥がした。黒いローブは陽光を吸収したからかめちゃくちゃ暑くて、一瞬放り投げそうになってしまう。とりあえず私の隣に置いてから、男の人の容態を診た。

 冷水に浸して、固く絞ったタオルをおでこに乗せる。その後また別のタオルを取り出して、首や脇にも同じように置いておいた。腕や頬を拭いてあげれば、「んん……」と小さく声を上げる。険しかった表情が少しずつ和らいでいくのが分かって、思わず頬を緩めた。良かった、きっとこの人は助かる。

 黒いローブを洗ってあげようと、両手で持って立ち上がろうとした。しかし、服の端っこを掴まれて阻止される。それは弱い力だったけど、気づくには十分だった。

 男の人が薄く目を開けて私を見ている。一旦ローブを置いて、優しく話しかけてみることにした。


「大丈夫ですか?ここは私の家です。道に倒れていたので介抱しています」

「……」


 表情一つ動かない。聞こえていないのかな。もしかしたら、踏んだことを根に持たれているのかもしれない。息を呑んで、私は表情を引き締めた。


「あの、さっきは踏んでしまってすいませんでした」

「……別に」


 やっと反応が返ってきて安心する。それがあからさまに顔に出たのか、男の人は目を少し見開いた。


「……ええっと、お水飲めますか?」

「君が飲ませてくれるの?」


 食い気味にそう問われ、反射的に頷いてしまう。次に顔を明るくさせたのは、男の人の方だった。


「じゃあ飲む」

「わかりました。取ってきますね」


(じゃあって何……?)


 いそいそとコップに冷水を注げば、男の人の上半身を起こした。心做しか、期待を込めたような瞳で見つめられている気がする……。


「それじゃあ、口開けてください」

「え」


 男の人は心底驚いたように目をぱちくりと開閉した。純粋無垢な子供のようで微笑ましく思ったが、即座に疑問にすり替わる。


「どうしたんですか?」

「口移しかと思ったのに……」

「そ、そんな訳ないじゃないですか」


 つい顔を赤らめてしまう。さっきのキスも同時に思い出してしまって、非常にいたたまれない。男の人は本当に残念そうな顔をしたけど、やがて目を閉じると一つ頷いた。


「照れてる姿も可愛い。貸して、飲む」

「かわ……? あ、ハイ」


 ひょっとしたらタラシとかそういう類の人なのかもしれない。喉を鳴らして水を飲みきる男の人を見ながら、そんなことをボーッと考えていた。

 ふう、と一息吐いた男の人に、簡単な質問を投げかけてみる。


「あの、貴方のお名前は?」

「ガルシア」


 コップを私に渡しつつ、口元を拭いながらそう答える。飄々とした顔にはまだ汗が伝っていて、優しく拭ってあげた。


「ガルシアさんですね。体調はどうですか?」

「……胸が痛い」

「え!」


 後遺症とかだったらどうしよう。それこそ薬の力でなんとかしなければいけない気がする。そんなこんなで慌てふためく私に、ガルシアさんは柔く口角を上げた。さっきまではクールな印象が一貫としてあっただけあり、こんな顔もできるのかと感心すら覚えてしまう。ちょっと失礼かもしれないけど。


「でも平気。君が居れば大丈夫」

「い、いやそういう問題ではな」

「問題じゃないから」


 ガルシアさんが楽しそうに応じてくる。なんだか混乱してきてしまった。そういえば彼の手当に夢中で、まだ水分もろくに取れていないことに今更気づく。少し熱を覚まそうと足に力を込めれば、ガルシアさんに呼び止められた。


「暑い?」

「ま、まあ……」

「任せて」


 そう得意げに言い放つと、彼は私の頭に手を置いた。しばらく撫でられて目が点になるも、やがて異変に気づく。


「涼しい……」


 私の周りには、とても小さな氷の粒が浮いていた。室内の光が反射して、キラキラと綺麗に輝く。涼しいのと綺麗のとで思わず笑顔になると、それを嬉しそうに見ているガルシアさんに気づいた。


「あっ、すいませんはしゃいじゃって」

「ううん。全然構わない」

「……というか、これって魔法ですよね?」


 自信はないけど聞いてみる。夏に勝手に空気中から氷が出来るなんて話は、聞いたことがない。でも、魔法は確か詠唱したり魔法陣が必要だったハズだ。じゃあ、なんだろう?

 ガルシアさんはうん、と肯定を示した。


「氷魔法。冷たくていいだろ」


 得意げに鼻を鳴らすガルシアさん。褒めて、というオーラがあるような気がして、つい頭を撫でてしまう。ふわふわもふもふのわたあめみたいだ。少しの間その感触にうっとりしてしまったが、やがてビックリしたようにこちらを見つめるガルシアさんに気づいた。パッと手を離して、顔を青ざめさせる。


「……」

「アッ、すすすいませんつい!」

「ってば……タン」


 え?と聞き返すも、返ってくるのは深いため息ばかり。不安になって近づけば、ふいっと顔を逸らされた。両手で顔を覆ったガルシアさんの耳は真っ赤である。


「君ってば、もうそんなにダイタンなの……?」

「え」


 なんだろうこれ。なんか、なんか可笑しくないかな。

 なんか可笑しくないかな!?(二回目)

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