復活した黒魔道士様に求愛されてます。

小鳩

道端の黒魔道士様

第1話 「好き」

「お先に失礼します」


 便利屋コンビニから出ると、途端に熱気が体を覆う。赤いレンガの街並みは一見オシャレだけど、夏になると蒸し焼き状態だ。


「めちゃくちゃ暑い……」


 そっと額の汗を拭う。肩までの髪の毛が肌に張り付いて、正直気持ち悪い。早く家に帰って湯浴みして寝たい。太陽は雲一つない空のど真ん中に居座っているけど、そんなのお構い無しだ。

 シルヴィ・ミラー。16歳で、薬学を学びつつコンビニで働いている。それが私。

 特に変わったところも無い、フェリトル王国の一般国民だ。栗毛碧眼、全然外で活動しないから、肌は割と白い方。特別美人って訳でもないけど、ブスって言われるほどでもない。

 並。ただひたすらに並なのだ。

 薬学の教科書を復習しながら、帰り道を行く。周りは草花が増え、建物は小さな民家が転々と建っている風景だ。要するに田舎。


「ヴッ」

「……え」


 ぐに、とやけに柔らかい何かを踏んでしまった気がする。教科書から自分の足元へ視線をゆっくりとずらしていく。


 下に見えたのは、人の背中。


 人の背中!?


「すっ、すいません!」


 バッと遠のいては深く頭を下げる。相手の反応をそのまま待つも、聞こえるのは野鳥の鳴き声だけだった。汗だくの顔を、そーっと上げて相手を見る。


「……」


 倒れている男の人は、ぐったりとしたまま動かない。黒い厚手のローブから、赤みを帯びた手が見える。


 ま、まさか……。


「死んでる!?」

「死んではない……」


 どうやら生きているみたいだ。ほっと一息吐いてから、もう一度倒れている人を見下ろす。たぶん熱中症とか脱水症状とかなのだろう、季節外れのローブなんて着ているからだ。

 とにかく、このままじゃこの人の命が危ない。決心すれば、男の人に駆け寄った。肩を持って、なんとか立ち上がる。はらりとローブに付いていたフードが脱げて、彼の顔がはっきり見えた。

 私と変わらないくらいの年齢だろうか。とても珍しい、血を吸い込んだような赤色のふわふわな髪。右目は青いのに、何故か左目は琥珀色だ。ツリ目気味の不思議な双眸は涙をはらみ、私に向けられていた。端正な顔立ちは暑さによって赤らんでいて、とてつもなく扇情的である。


「えっと」

「奇跡だ……」

「はい?」


 黒いローブを重そうに引きずって、彼は顔を近づけてくる。青と琥珀の瞳には戸惑う私が映っていて、陽光に煌めいた。


「好き」

「んっ」


 分厚い薬学の教科書が、手からバサリと落ちた。

 頭の中が盛大にこんがらがる。教科書を開いたら、全てのページがバラバラに爆発四散したかのよう。後に残るのは、真っ白な脳内。

 目の前は綺麗な瞳の二色に支配され、唇には柔らかく熱い感触。息が詰まる。

 ……これは、もしかしなくとも。


 シルヴィ・ミラー、16歳。

 ファーストキスは、黒いローブを着た知らない男の人に奪われたようです。

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