窓越し

 

 

 俺の趣味は、この店の窓越しに、大通りを通る人々を一人一人観察することだ。品定めすることで、俺に似合いの女を、じっくりと探してゆくのである。

「横暴な奴だ」「付き合いそのものを大事にしろ」――そう云って皆は俺を卑下する。だが、この行為は俺にとって、今後の生活を左右する、至極重大な問題なのだ。

 人の目なんてものを気にしては負けである。俺に似合うべき人間というものは、出来る限り慎重に選ばないと、後々、面倒くさい事になる。俺自身が理不尽に捨てられたり、合わない事を逆恨みして、文句と共にネット上へ写真がばらまかれる可能性だってある。だから俺は熟考し、俺を受け容れてくれる俺ぴったりの女を、探し続ける必要があるのだ。

 そうこうしている間に、同期の連中は次々と、女を自分のものにしてゆく。連中は一様に、生き遅れの俺を馬鹿にした。二度と会う事はないだろう。連中を再び拝むなんて、こっちから願い下げだ。奥手だと云うなら云えばいい。生き遅れだと云うなら笑えばいい。俺はそうしないと、女を信じることなんて出来ないのだから。

 が、そんな俺にも、遂に俺似合いの女と出会うときが来た。彼女を見たとき、運命としか思えぬ煌めきが、俺の中を駆け巡った。

 そう。

 俗に云う『一目惚れ』だ。

「色々熟考した癖に一目惚れかよ」「馬鹿げてるぜ、お前って」――俺自身そう思う。だが、本当にそう感じてしまったし、衝動を抑えきれなくなってしまったのだからどうしようもない。

 この女になら、俺は何をされてもいい。

 この女の為なら、俺は何だってしてやる。

 思ってしまった。

 思わされてしまった。

 この感情を知ってしまったら、誰だって後戻りなんて出来やしない。「恋は盲目」なんて云うが、どうやらそれは本当らしい。

 だが俺は、この店を出る事が出来ない。

 声を掛けることすら出来ない。

 せっかく目の前に理想の人間が現れたっていうのに、このままじゃ声を掛けることすら出来ず、俺の恋は終わってしまう。

 逃せば二度と、俺は彼女を知れぬ気がする。

 逃せば二度と、俺は彼女に出会えぬ気がする。

 ――そんなのは御免だった。

「この女を、絶対に逃してなるものか」

 俺は窓越しに女を見つめ、女だけが俺に気付くよう、或る言葉を胸に念じ、その場の空気に身を任せ、ふらりと合図を送った。

「俺の女になれ――」

 女はハッと立ち止まり、窓越しに俺を見つめた。想いが通じたのだと歓喜した俺は、今か今かと、女の返答を待ち続けた。然し女は只々苦笑し、取り繕った辞令の会釈を、俺に残すばかりであった。 

 ――失敗した。

 ――失敗した失敗した失敗した。

 当たり前だった。

 冷静に考えれば、直ぐに判ったことだ。だのに、普段から尊大な態度で過ごしていた俺は、その事に全く気付けやしなかった。結局俺は、考えだけに囚われた、気味悪い奥手野郎だったのである。

「もう、駄目だろうな」

 俺は諦めのままに項垂れた。然し、何故か女は、そんな俺の気持ち悪さとは裏腹に、まじまじと俺を上から下まで舐めるように見つめる。じっくりと、じっとりと、ぼうっと俺の前に突っ立って、俺の様相を吟味してゆく。

「いったいなにが起こっているんだ」

 戸惑い、女の顔を見返す。彼女はなにやら思案げに、うんうんと頷いていた。――何か確固たる答えを、自分の中で見つけたらしい。満足げに頬の端をニコリと歪ませると、店の中へと入って来、俺に――俺の後ろに立つ店員に、透き通った声でこう云った。

「この服ください。とても似合いそうだから」

 こうして俺は、似合いの女を手に入れた。自慢のロングスカート(リネン100%)で彼女を着込み、くるりくるりとたなびいた。

 

 

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