雑多ものがたり集合物

宮古遠

万引き

 

 

 店長が蒸発してから四年。新たな店長になった私は、ようやく、店長蒸発の原因である、万引き犯を捕まえた。

ったもの、全部出して」

「は、はい」

 男は渋々、コンビニの事務所の机の上へ盗品を並べてゆく。パン、お酒、総菜……色々の商品が、男の鞄の中から現れた。

 ――いったいどこに、これだけの物が入るのだろう。

 私がそう、蒸れた空気の漂う中、思いめぐらしていた次の瞬間――二年前、店内からこつ然と姿を消したレジが、机の上へと飛び乗った。

「まさか、これも?」

「はい……」

「どうして。どうやって」

「出来心で……つい」

 男が云う。

 訳が判らない。

「――他には?」

 問うと、男はいかにも申し訳なさそうな顔つきをして、次々と盗品を取り出した。コーヒーメーカー、ATM、ゴミ箱……我が店舗から姿を消した色々の物共が、鞄の中からゴチャゴチャと私の前へ示されてゆく。四次元ポケットから溢れ出た、使い道の適さぬひみつ道具たちみたいに。

「や。おはようバイト君」

 活き活きとした挨拶で、蒸発した筈の元店長が、鞄の中から現れた。

「おはようございます、店長」

 私はもう、理解するのを止めた。

「すみません、すみません……!」男は唯々、私たちに謝り続けている。

「許してください。もうしませんから……どうかお許しを」

「そういうわけにいかないの、わかってるでしょ?」

 元店長が、さも店長らしい声色で、男を見下ろす。

 今の店長は私であるのに。

「う、うう……」

 男は呻くばかりで、何も答えない。事務所内に暫く、沈黙という一体感が滞在した。そうして私が、もう、男を警察へ引き渡そうと考え始めたとき、

「君さ」

 元店長が云った。

「まだ隠してるもの、あるでしょ?」

「う、うう……ッ!」

 元店長の言葉に、男はびくりと反応し、がくがくと震えだした。

「すみません……すみません……!」

 男は半ば狂気まじりに、ぶつぶつと何かを呟きながら、鞄の奥深くへ腕を刺し挿れる。そうして肩甲骨の辺りまでもが、鞄の中へと入り込み、顔面すら呑み込まれようかというとき、

「いま――出します」

 遂に男は、鞄の底に『何か』を掴んだ。

「やはり、そうか」元店長が呻いた。

「来るぞ、バイト君」

「来るって――なにがです」

「《ソレ》だ」

「――――《ソレ》?」

 疑問符が私の脳髄を支配してゆく。然し正気に戻る間も無く、蒸れた事務所の空気は淀み、捻れ始める。

「う、うう……ッ!」

 痛切なる叫びと共に、男は勢いよく、鞄の中から腕を引きずり出した。どろどろと不気味な地鳴りが、そこらじゅうから沸き起こり、事務所の密室のあちこちへ、赤い稲光が煌々と響き渡る。それらは何やら、この世ならぬものの登場を、表しているように感じられた。

「かかれッ!」

 元店長が、得意の折り紙細工の為に常に携帯している愛用百均バサミを手に、《ソレ》へと飛び掛かった。

「出来心で……つい!」

 男が云う。

 元店長が吹き飛ぶ。

 おまえはいったい、なにをったんだ。

 

 

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