第8話

私はYちゃんを頼りに徳島行きを決めた。鬱状態は変わらなかった為、これからは電話でカウンセリングをして薬を郵送で送ってもらえる事になった。1人暮らしなんてたいした家具も持っていなかった為小さなトラック1台で引越しは出来た。彼は駅から便利な場所にある1DKのアパートを借りてくれていた。神戸を離れる寂しさは若干あったが、助けてもらえる感謝の方が大きかった。引越しの事を彼には報告出来なかった。きっと私より起業の事でいっぱいだっただろう。連絡すらなくなっていたから…。

Yちゃんは会社に内緒でサイドビジネスを立ち上げていた、パソコン関係の仕事だ。引越しの条件はそのビジネスを手伝う事だった。引越したその夜から早速パソコンなど使った事がない私に彼はパソコンを教えた。私も彼の役に立ちたくて一生懸命勉強した。その内私は年配の方向けにパソコンの家庭教師が出来るほどになりわずかながらお金ももらえるようになっていた。そしてここまでしてくれたYちゃんに何か出来ないかと…独身で会社の寮にいた彼は外食ばかりだったので私に夕食と、洗濯くらいはさせて欲しいと言った。それから夕食は毎日一緒にたべ彼の作業着の洗濯、アイロンかけをした。半同棲のようなものだ。私は孤独感は無くなりぼんやり考える時間もない生活が心地よくなっていった。いつもYちゃんが居てくれる。彼氏とは呼べなかったが側に居てくれる、それが私を安心させた。こんな生活を始めた時、一つだけYちゃんから言われた事がある。「俺にはずっと好きな女性がいて彼女以外には考えられないから、さくらとは付き合えないよ」という内容だった。でもそれは私も同じだった、どうしようもなく好きな彼が忘れられないからだ。私はYちゃんにそこまで想われる彼女が羨ましくもあったが多分妹感覚で私を助けてくれたのだと実感した。

半同棲も何カ月も経たない頃、夕食を食べゆっくり過ごしていると寮に帰るのも面倒くさくなってきたのかYちゃんが泊まるようになってきた、もう同棲だ。同じ一つのベッドで寝た。身体の関係はなかったが隣で寝ているYちゃんの寝息を聞いていると、1人じゃないと安心して眠れた。時折あのレイプの夢を見て夜中に過呼吸のような症状が出たがYちゃんが背中をさすってくれた。私は幸せだった、恋人ではなくとも…。神戸の彼を忘れた事など1日もなかった、そして連絡もなかったが、それを考える時間を持てないほどにYちゃんは私によくしてくれた。そんな同棲が続いていく中でYちゃんが会社の飲み会で随分酔って帰ってきた。酔っていたせいか機嫌もよく布団に入ると私を抱きしめてきた。そして私とYちゃんはSEXをした。彼を忘れたわけではない、Yちゃんが彼氏なわけでもない、よくわからない関係だが私はなぜか拒まなかった、後悔もなかった。その日を境にどちらが告白したとでもなく恋人同士のような関係になった。お互い心に好きな人がいるのに…。そんな関係が続いていくうちに私は神戸の彼の心を確かめたくなった。なぜ連絡をくれないのか?私は彼にとってなんなのか?思い切って神戸に行った。彼の経営する店に足を運んだ。彼は普通通りに私を迎えてカウンターに座らせた。「何か飲みたい?」と聞いてきたのでジュースでいいと答えた。カウンター越しの彼と私、私にはその近い距離がとても遠くに思えた。彼の気持ちを確かめたくて来たのに聞けなかった。仕事中なのもあるがやはり別れた彼女と言われるのが怖かった。自分はどれだけ未練たらしく臆病な人間だろうと思った。そこにYちゃんから電話がかかってきて「早く帰っておいで」と言ってくれ私は徳島に居ると彼に伝えて店をでた。外のエレベーターまで送ってくれたが何も聞けなかった。彼もまた私について深く聞いてこなかった。普通で考えれば、もうこれは彼氏彼女ではないだろう。でも私にはそう思えなかった、なぜかは自分でもわからない。ただどうしようもなく彼に惹かれるのだ。

そんな曖昧な何をしに神戸まで行ったのかわからないまま徳島へ帰りYちゃんに迎えてもらった。この時私は2人の男性を同時に好きになっていた。二股ではない。そんな簡単な気持ちではなかったからだ。いつかバチが当たるのだろうか?そんな事も考えたりもした。そしてYちゃんとの生活は1年程続いていたがYちゃんのサイドビジネスを資金もかかるしやはり忙しい彼には時間的に無理がきて辞める事になる。イコール私も用済みになる?とりあえず行くあてのない私はもうしばらく居させてくれる事になった。その頃Yちゃんは悩んでいた歳も30過ぎて親に見合いを勧められていた事、そして心にずっと好きな人がいること。私の事。彼もそろそろ決めなければいけない時期にきていた。そして私に告げられたのは実家に帰りなさい。つまり別れだ。そして正月の連休で横浜の実家へ帰ると。多分彼女に会いに帰るのだろうと察した。私もこれ以上お世話になるわけにはいかないと実家へ帰る事を承諾した。Yちゃんには感謝しかない。長い間面倒をみてくれて。Yちゃんは一足先に横浜へ帰省した。私は荷造りなども含めYちゃんが帰省して徳島へ戻ってから実家へ帰る事にした。Yちゃんが徳島へ帰ってきた、彼の答えは彼女に会ったが「俺は彼女の何を見てきたのだろう?何が良かったのだろう?さくらが大切だと思った」それが彼の答えだった。私に一度実家へ帰ってまたやり直そうというものだった。素直に私を想ってくれて嬉しかった、ただあの実家へ帰るのは嫌だったが徳島へ居ては金銭的にも迷惑をかけるから承諾した。そして実家へ帰る日彼は人目もはばからず私を抱擁して私は電車に乗った。少し電車で涙が出た。感謝、寂しさ、これからの不安、色んな事が入り混じった涙だった。

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