第19話 無題
空には銀色の星が散りばめられていた。大学生の圭介と玲奈はサークルの合宿で、コテージでメンバーと過ごしていた。バーベキューをして飲み会をした後、二人で抜け出して高台へ来た。
高台から町並みが見えた。圭介は故郷の風景を思い出した。
「こんな風景は東京じゃ見られないよね」
大学三年の圭介にとってこの合宿は最後の夏合宿だった。隣にいる玲奈は大学二年生だった。
「そうですね。こんな景色が先輩と見れて嬉しいです」
「本当に?」
「ええ、嬉しいですよ」
玲奈は遠くの空を見上げている。いったい何を考えているのだろう。圭介は黙ったまま空を見上げた。
こうして二人で過ごしているだけでどことなく楽しい。こんな時間がいつまでも続けばいいと思った。
「この瞬間はきっといつまでも忘れないだろうな」
圭介は玲奈の方を振り向く。
「忘れたくないですね。いつまでも」
合宿の最終日、圭介はバスに乗りながら、窓の外の景色を眺めていた。車内には音楽がかかっていて、隣同士で話をしている。
玲奈は僕のすぐ前の席に座り、眠っているのが見えた。東京に近づくにつれて、街並みが変わっていく。
居心地のいいコテージから離れて東京の中へ帰ってくると不思議なものでどこか安心する。
隣には今年入ったばかりの新入生の男が座っていた。彼は携帯でゲームをしていた。
「そのゲーム楽しいの? さっきから熱心にやっているけど」
「楽しいですよ。先輩もやってみましょうよ。オンラインで対戦できるんで」
「僕はいいよ。ゲームは好きじゃないんだ」
「そうですか。残念ですね」
バスが大学に着くと、メンバーは解散した。
帰り道の住宅街を仲のいい友達数人で並んで歩いて帰った。一人はくだらないことを言ってはみんなを笑わせていた。
夏休みが終わるまで、圭介はアパートで過ごした。地元は海の見える場所で、夏休みの間に一回は帰ろうと思っていた。それまでは東京の郊外にあるアパートでアルバイトをしながら生活していた。
朝目覚めると太陽の光がカーテンの隙間から射し込んでいた。圭介はいつものようにクーラーの効いた部屋で起き上がり、シャワーを浴びた。
電車に乗ってアルバイト先まで行き、午後の六時まで働いた。
帰りにはレストランで夕食を食べた。
そんな生活を送り、夏休みの終わりが近づくと実家へ新幹線で帰った。
実家で一週間ほど過ごし、また東京へ帰った。
夏休みが終わると、大学の授業が始まった。圭介は文系の学部でいろいろな講義を取っていた。圭介はノートを取りながら、サークルのメンバーの玲奈と星を見たことを思い出した。それなりに親しかったのだが、連絡先は知らなかった。どことなく何を考えているのかわからない不思議な人だなと思っていた。
圭介は午前中の授業を終えると、一緒に講義を受けていた友達と昼ご飯を食べに行った。大学を抜けて、ラーメン屋に入り、味噌ラーメンを食べた。
午後の授業はかぶっている友達がいなかったので、一人で受けた。教授は経済学について熱心に説明していた。数式が出てくると途端にわからなくなった。
午後の授業を終えるとサークルに顔を出した。
サークルには玲奈の姿はなかった。部長をやっているメンバーに聞いてみると玲奈は病気になって入院したらしい。
玲奈と仲のいい女子のメンバーに入院先を教えてもらった。
次の日、講義を受け終わった後、玲奈の病室を訪ねた。とても大きな病院でビルのようだった。玲奈の病室を、メモを見て書き、病室まで行った。
病室をノックすると玲奈の声が聞こえた。
「圭介さん」
玲奈は病室でベッドに横になっていた。
「大丈夫?」
圭介は玲奈に聞いた。
「ちょっと体調を崩してしまって。時期によくなると思います」
「無理しないでゆっくり休むといいよ」
圭介はそう言ってクッキーの箱を渡した。
二人は病室で話をした。どうでもいいことばかり話した。
気づくと夜になっていた。面会時間の終わりも近かった。
「じゃあまた来るよ」
圭介は言った。
「あの屋上で星を見ませんか?」と玲奈は言った。
「いいけど、時間が」
「少しでいいので」
僕らは屋上へ行った。合宿の時の夜のように星が輝いている。
「私、圭介さんと星を見たかったんです」
「そうなの?」
「ええ」
面会の終わる時間まで二人で空を眺めていた。
「私のことを覚えていてくださいね」
玲奈は帰り際にそう言った。
それから大学に行ってサークルに顔を出しても玲奈はやってこなかった。圭介もその後病院へ行くことはなかった。
秋になると玲奈が大学を辞めたことを知った。
「なんか重い病気だったらしいぜ」
「そうなんだ」
圭介は四年生になり就職活動の時期を迎えた。
大学には顔を出さなくなり、説明会へ行った。
過ぎていく日々の中で圭介は玲奈のことを思い出した。いったい彼女はどうしてしまったんだろう。
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