第18話 赤い太陽

 高校三年の夏、クラスの端の席で僕は放課後の赤い太陽を見た。太陽はひどく赤い光を世界に放っていた。

 気軽に同級生と話をしながら、という高校生活はどうやら僕は手にできなかったようだ。クラスの中で僕は一人で過ごしていた。

 やりたいこともないし、頭の中に描く妄想は到底叶いもしなさそうだった。心は憂鬱で常に誰かを求めている。

 家に帰る気にもならず、僕はただ教室に一人残りながら、窓の外の景色を眺めた。

 そんな風に過ごしている時、クラスで人気者の早見君が教室に入ってきた。僕らの間に流れる気まずい空気。

「何やってるんだ?」

 早見君は僕に声をかける。こんな時、僕は救われた気分になるのだ。そして早見君と友達になれたらどんなに嬉しいかと思いを巡らす。

「あー。そろそろ帰ろうと思ってね」

 僕は正しい言葉をつかえたかどうかあやふやになる。

「そうか」

 早見君はそう言って鞄を持ち教室を出ていった。僕はまた一人で、ここで過ごすことになる。

 辺りが暗くなった時、僕は教室を出て家に帰った。

 家には母親がいた。父親は病気で死んだ。母親は父親が死んだことでひどい孤独を味わっていた。僕も同じで、孤独だった。母親は働きに出ていたので、僕は誰もいない家に帰った。団地の一室にこもり、ゲームをした。

 母親が帰ってきた。晩御飯はカップラーメンだった。

「今日は学校で何をしたの?」

「うん。友達と帰りまで遊んでたんだ」

 僕は母親にすら嘘をついた。自分の弱さは死んでも悟られたくない。僕の母親に対する思いからだった。


 次の日も僕は学校に行った。僕はどうにもならない苦痛を抱え込んでいた。一人で集団の中で過ごすとは耐えがたいストレスだ。

 帰る時間になりクラスメイトは教室を後にする。放課後、僕は教室にいつものようにいた。

 ただ外を眺めていた。僕はまた赤い太陽を見た。しばらくその太陽に圧倒されていると、また早見君が教室へやってきた。

「いつもそこで何をしてるんだよ?」

 早見君は僕に問いかける。

「何もしてないよ」

「じゃあなんで、一人でいるんだ?」

「僕の気持ちが君にわかるものか」

「どういうことだよ?」

「なあ。わかるか。こうやって死んでいくやつが何人もいるんだよ。そいつらは何を思って死んでいくと思う? 誰にも愛されて贅沢な暮らしをしてなんて思っていないんだ。心の底では人に対して正当に貢献しようと崇高な理想を抱いているんだよ」

「正当に貢献?」

「そうさ。クラスの隅にいるようなやつが、何か人のためにしたって笑われるだけさ。僕は大人になって社会から認められるような存在になってそれで人に対して貢献をしたいだけなんだ。僕の気持ちがわかるか?」

「お前は難しいことを考えすぎだよ」と早見君は言った。

 そして鞄を持って教室を出て行った。




 バーで僕は一人の女性と酒を飲んでいた。二十四歳になった僕は会計士として働いていた。スーツを着て、赤いドレスを着た女性が隣にいた。

 バーテンダーが僕らに酒をふるまう。僕は浴びるように飲んだ。

 隣に小汚い服の痩せた男がやってくる。彼はカクテルを頼んだ。店員は軽蔑の視線で彼を眺めていた。僕は彼を見て、昔の追憶をした。どこかで彼を見た気がしたのだ。

「早見君」と僕は声をかけた。

「やあ。相川だったか」

 早見君は僕の名前を呼んだ。

「二人は知り合い?」と女性が言った。

「ああ。高校の頃の同級生で」と僕は言った。

「なあ、少し話さないか?」と早見君は言った。

「いいよ」と僕は言う。

 僕らは隣同士になり、会話をした。

「全くひどい世界だ」と早見君は言った。

「何があった?」

「いや、ちょっと病気になってね」

「病気?」

「そう。俺は大学に通うことができなくなった。ひどいもんだ。いつの間にか一人になっていた」

「まあ、人生そういうものさ。気にするな」

「お前が放課後に言っていたことを思い出した。一人になってから俺はお前と会うのを切望していたんだ」

「切望していたのか」

「そう」

 帰りに女性はタクシーに乗り、僕らは駅まで歩いていく。

「あの頃はお前が嫌いだった」

 早見君は砂利を蹴飛ばしながら言った。

「そう」

 僕はただぼんやりと夜の空を眺めていた。

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