第12話 消えた女

 ベッドの中で僕は空想をする。それが今の僕の楽しみだ。僕は昔好きだった女の子と遊園地に行った。メリーゴーランドに二人で乗った。

 朝目覚めると朝日が部屋のカーテンの隙間から射し込んでくる。僕は一度カーテンの方向を見てから、ふとベッドの隣に人がいるのを発見した。

 それは昔、好きだった女の子の玲奈だった。玲奈はすうすうと寝息を立てていた。僕はいったい何が起こったのか理解できなかった。これは夢の続きだろうか。

 玲奈は目を覚ました。

「おはよう」と僕は言った。

「おはよ」

 眠そうにしている玲奈は目をこすっている。

「どうして君はここに?」

「あれ? 私、死んだはずだけど」

「そうなの?」

「私、自殺したのよ」

 なんでもなさそうに玲奈は答える。

「じゃあ、今ここにいるのは、君の幽霊?」

「そんなところじゃないかしら?」

 僕はとりあえず洗面台へ行き、髪をとかし顔を洗った。玲奈は物珍しそうに僕の部屋のキッチンを眺めている。

「玲奈。朝食でも食べる? 君がお腹が空くのかは知らないけれど」

「ええ、食べるわ。でも冷蔵庫の中には何もないわよ」

「最近は外食が多いからね。棚にパンがあるだろ?」

「じゃあ、これを二人で食べましょうか」

 玲奈は棚からロールパンの袋を取り出し、それを皿の上に載せた。僕は寝室に戻りスーツを着た。僕と玲奈は向き合って朝食を食べ始めた。

「こんなこと聞いていいのかわからないけれど、どうして君は死んでしまったんだ?」

「覚えている? 中学生の頃、私たちは出会ったのよ。あの頃は世界が輝いて見えたわ。家に帰るとお母さんと兄が待っていて、明日は何をしようとか、そんなことばかり考えていた。でもね、私がちょうど二十歳くらいの時かしらね。そういった暖かさのもろもろを失ってしまったのよ。駄目ね。それから数年経って今になって、気づいたら首を吊っていたわ」

「どうして君は首を吊るまで追い込まれてしまったのか僕にはわからない」

「私は人間が怖いのよ。特に優しさが。二十歳の時ね、私が病気になって母親が泣いたの。今でも忘れないわ。それで自分はそんなもの持っていないと知って、周りが怖くなったのよ」

「それが君が死んだ理由?」

「たぶん違うわね。理由なんかないわ」

 玲奈はロールパンをかじりながら、「コーヒーが飲みたいわ」と言った。

 僕はキッチンで二人分のコーヒーを淹れた。

「あのさ」と僕は切り出した。

「何?」

「僕は君が好きだったんだ。今でも君のことを思い出すよ」

「嬉しいわ」と玲奈は悲しそうに言った。

「本当は、君は死ぬべきじゃなかったんだ」

「どうしてそんなこと言うのよ?」

「君には知らないこともまだ山ほどあるんだよ。君は母親の優しさが怖かったって言っただろ?」

「ええ」

「君の母親はどんな気持ちだったんだろう? たぶんその時の君には理解できなかったんだよ」

 僕はコーヒーを淹れた二人分のマグカップを玲奈のいるテーブルに置いた。

「私にはこれ以上生きている理由が見い出せなかったのよ。私は病気になってから特に純粋に生きてきたのよ。それでも駄目だった」

 玲奈はロールパンを食べ終えると、コーヒーを飲み干した。僕らはしばらく無言で向き合っていた。

「そろそろ仕事に行かないと」

「いってらっしゃい」

 僕は部屋を出て、会社に向かった。その日、パソコンに向かって事務の仕事をした後、飲み会を断って家に帰った。

 部屋の中に玲奈はいなかった。僕はもう二度と会えないのだろうなと思った。冷蔵庫からウイスキーのボトルを取り出してベランダに出た。

 夜空には銀色に輝く星が散りばめられていた。人が感動した時流す涙のような美しい星々だ。空一面を銀色の星が覆うから地球はなんとなく丸いんだなと思い知らされる。もし玲奈がいたらどんな気持ちでこの空を見ていたのだろう。

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