第7話 ひび割れた世界 短編
夜、ベッドの布団にくるまりながら、ぼんやりとした不安を抱えていた。長い間眠れなかったせいか、頭の中でよからぬ考えばかりが浮かぶ。俊介は眠りにつけないまま、体に汗をかき、つけたエアコンだけがうるさく鳴っていた。
朝になるとカーテンの隙間から強い日差しが射し込んでいた。今は春で、桜の花が辺りに咲き誇り、カーテンを開けると窓の外に桜の花びらが散っているのが見えた。俊介は少年時代に見た桜を思い出し、あの頃は周りの意識にも目を留めなかったと思った。二十一歳になった俊介はシャツを羽織り、肌色のズボンに着替えて、リビングに下りていった。一階にはリビングがあり、そこにはスーツを着た姉の葵と母の姿があった。葵は寡黙で家でほとんどしゃべることはなかった。葵は椅子に座り、黙々と朝食の味噌汁とご飯を食べていた。姉の姿を眺めるたびに俊介は昔の自分を思い出した。鮮やかと言っていいほどに姉と母親と世界は区切られていた。俊介の意識はやけに鮮明だ。俊介は葵の隣に座り朝食を食べた。俊介より先に葵はバッグを持って家を出た。
「いってらっしゃい」と母親が玄関で言った。
「いってくる」と小さな声で葵が返事をした。
ドアの閉まる音がした。葵は食品会社の社員で俊介は大学生だった。
俊介も朝食を食べ終わり、鞄を持って家を出た。春の日差しが眩しいが風は冷たかった。俊介の通う大学は都心から少し外れた東京のちょうど真ん中にある。最寄り駅まで行くと、そこから電車に乗った。スーツを着た会社員がたくさんいて、電車の中は窮屈だった。俊介は鞄から文庫本を取り出し、読みながら、駅に着くのを待った。大きな駅で電車を乗り換えるために別のホームへ行った。太陽が空に上り、電車の線路を照らしている。大学に向かうまで席に座り、文庫本を開いた。小説の中のイメージが脳に浮かぶ。時間は瞬く間に過ぎ去っていく。気が付くと電車は大学の最寄り駅についていた。
大学の講義室の中で俊介は端の席に座っていた。友達はいたが、どこか距離を取っていた。教授は文学について説明をしている。俊介は窓から遠くの景色を眺める。緑色の葉っぱが光に照らされて風になびいていた。窓の隙間から風が射し込みそれが心地いい。俊介は大学にいる時間をそうやって一人で過ごしていた。
昼食の時間になると俊介は構内のカフェで一人ランチを食べていた。おいしくもないからあげを食べて、ごはんを胃に流し込んだ。早川という同じ学科の学生が友達と歩いていた。
「よお」と早川は僕に声をかけた。
「おー」と俊介は返事した。
「最近見ないな。いつもどこにいるんだよ?」
「講義室の端の方で座ってるよ」
「へえー。まぁいいや。また今度会ったらゲームの話でもしよう」
「わかった」
早川は僕の元を去っていった。ランチを食べながら人と話すのはいいことだなあと気持ちのよい心境に浸った。残りの昼休みの時間を図書室で過ごした。館内は整然としていた。学生がまばらに座り、皆勉強をしているか、本を読んでいる。僕は端の方の席に座り、文庫本を取り出した。文庫本の世界の中に没入する。世界はただ広がっていく。
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