第6話 涙の理由 短編

 雪がかすかに宙を舞う季節に俊介は通りを歩いていた。大学はもうすぐ冬休みに入る。街はクリスマスムードで電飾の明かりが目に付く。家に着くと、玄関で靴を脱ぎ暖かい部屋の中へと入る。俊介の目に映るのは二才年上の姉の姿だ。姉はソファにもたれながら虚ろな目でテレビを眺めていた。会社員で最近仕事から帰ってくるたびこうしている。

 次の日、大学で今年最後の授業を受けていた。目の前には百人近くの学生と教授がいた。教授は文学について話をしていた。俊介は教授の話すことをメモした。授業が終わると同い年の友達が話しかけてきた。

「よお。もうじき冬休みだな。お前はどっか行くのか?」

「クリスマスにデートするよ」

「他には?」

「正月には祖母の家に行くんだ」

「暇だったらさ、スノボーしに行かないか?」

「俺はいいや」

 俊介の脳裏に疲れた姉の姿がちらついた。

 家に帰ると、誰もいなかった。夜まで部屋で過ごし、晩御飯を食べている時、葵が帰ってきた。葵は部屋に戻り、降りてこなかった。深夜、トイレに起きた俊介は喉が渇いたので下の階へ降りた。ソファには葵がうずくまっていた。葵は泣いていた。俊介はそっと部屋に戻った。

 正月が過ぎて、大学が始まる前に葵が会社を休職した。精神的な問題だと母親から聞いた。断片的に見たイメージがつながった。葵は精神に不調を抱えていたのだ。

「姉ちゃん。大丈夫?」 

 リビングで俊介は聞いた。

「うん。ちょっと体調が悪くてね。しばらく会社休むわ」

 俊介は葵があの日泣いていたことを聞くことができなかった。

 四月になり、辺りには桜の花が咲いた。花びらは窓の外に鮮やかに待っていた。俊介は会社に向かうためスーツに袖を通した。下の階には葵がいた。葵もスーツを着ていた。

「お姉ちゃん。体調はよくなったの?」

「うん。今日から復帰するの。心配かけたみたいね」

「別に。仕事頑張って」

 俊介はリビングで朝食を食べ、仕事に向かった。通りには桜並木が広がっていた。なぜあの時葵は泣いていたのか。それはわからないままだった。


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