第5話 空のあまりの青さ 短編

 僕は桜の咲き誇る道を歩いていた。遠くには巨大な緑色の山がのっぺりと覆っている。この道をいつも職場に行く前に通るのだ。歩道の砂利がスニーカーに蹴飛ばされ転がっていく。交差点に出ると、桜はすっかり姿を消し、大きなトラックやセダンが激しく行き来している。ゴロゴロという大きな音が辺り一面に響き渡り、先ほどの桜の美しさを忘れさせる。交差点を通り過ぎると、また静寂がやってくる。車は時折目の前を通っていくだけで、歩道の隣には青い細い川が流れている。

 職場に着くと、大きなフロアとガラス窓の高い建物が広がり、僕は中に踏み込むとドアの開く音がかすかにする。エレベーターで自分の階に向かい、階に着くと降りる。コンビニで買った朝のおにぎりを食べ、持ってきた水筒の中の水で胃に流す。僕はデスクでメールをチェックし、白衣を羽織ると検査室へ向かう。

 他人の血液が、黒い液体が一室に並べられている。検査室の中は空調の音が鳴り、機械が並んでいる。僕はここで病気の診断を行っていた。一人で黙々と血液の入ったチューブを機械にかけていく。パソコンにデータが集積されていく。昼までほぼ同じ作業を永遠と繰り返していった。

 昼になると、先輩の林さんが僕を呼ぶ。

「おーい。お昼食べに行こ」

「わかりました。今行きます」

 僕は白衣を脱いで先輩の待つエレベーターの前まで向かった。

「斎藤君は今年からここに配属か。もう慣れた?」

「一人で作業するのは慣れました。機械も学生の頃から扱っていたので」

 二人でエレベーターに乗る。珍しく昼の時間なのに中には誰も乗っていない。エレベーターの中の鏡には痩せた僕と小柄なメガネをかけた林さんが映る。

「ゴールデンウィークはどこかに遊びに行くの?」

「彼女が来てくれるので、こちらで過ごすつもりです」

「いいわねー。私は主人と息子でディズニーランドに行くの」

 林さんの手元には弁当の入った小さなバッグがあった。デスクには家族の写真が飾ってある。

「東京に行くんですか。いいなあ」

 僕はそう言って一階に下りた。

 二人でフロアから出ると、空一面に桜が舞っていた。空はあまりに青く澄み渡っている。

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