第六章・その3
「ガアアアア!!」
前脚を跳ねあがられ、バランスを崩したキャロルが地響きをあげながらあおむけにひっくり返った。それでも、すぐに起きあがる。感情のない瞳で俺をにらみながら、キャロルが口を開いた。噛みつきでくる気か。考える俺にキャロルが突っこんできた。俺の肩口に噛みついてくる。
しかし、そこまでだった。
「ウグゥ!?」
「俺の身体は、そんなもんじゃ噛み切れないぞ」
そのまま俺は両腕を広げた。ドラゴンを八つ裂きにしたことはあるが、傷つけずに眠らせた経験はない。とりあえず、俺はキャロルの首筋を締めあげた。単純に考えて、これで血が止まれば静かになるはずである。
想像通り、キャロルがバタバタと暴れたが、すぐおとなしくなった。基本は生物だからな。格闘技のセオリーが通じてくれて助かった。
「さてと」
俺は気絶したキャロルを地面に寝かしつけた。その姿が、見る見るうちにドラゴニュートに戻っていく。隣にいるシャイアンもだ。なるほどな。意識が途切れると、人化の魔法を効果を及ぼすのか。俺も人間の姿に戻るとしよう。
それにしても、服はどうするかな。
「まさか、ドラゴンを、あんな簡単に」
はじけ飛んだ皮鎧と腕輪を拾いあげてたら、誰かがつぶやいた。目をむけると、ヴィンセントが呆然と俺を見ている。メアリーは背中をむけていた。俺が全裸なんだから、こっちは仕方がないだろう。
そして、ランベルトとアンソニーも。いや、そっちの表情は違っていた。
「「そんなはずはない」」
ふたりして、呆然とつぶやいた。
「奴は魔王と戦って、心臓を貫かれたはずだぞ」
「たとえ生きていたとしても、あれは百年以上も前の話だ。その外見はどういうことなんだ」
「おいおい、誰かと勘違いしてるんじゃないか?」
仕方がない。俺はランベルトとアンソニーに笑いながら言ってやった。皮鎧を身に着け、腕輪をはめながら近づく。びく、とランベルトとアンソニーが震えた。
「貴様、何をする気だ?」
「べつに何も。言っただろう。俺はエルザを都につれ戻すって依頼を受けただけだ。あと、いまさっき、キャロルとシャイアンの喧嘩をとめてくれって言われたけどな。だから頼みがある」
俺はランベルトの前まで行った。
「キャロルにかけた催眠術、解いてやってくれないか? 姉妹で喧嘩するってのは、見ていて楽しいものじゃない」
「――断ると言ったらどうする?」
「その腕、痛かっただろ?」
俺はランベルトの右肩を指さした。ぶった切られた傷口からの出血は止まっているが、これでランベルトが眉をひそめた。
「左腕もそうなったら、これから不自由するぞ」
「わかった。催眠術は解く」
悔しそうに言うランベルトに、ヴィンセントが驚いたように眼をむけた。
「父上、よろしいのですか?」
「仕方がないだろう。この男はドラゴン化したキャロルを眠らせた。そんな男がいる以上、都を制圧するなど、夢のまた夢だ」
「わかってくれて嬉しいよ」
俺は背をむけた。
「あ、そうそう、これからも、あんまり無茶な行動はとらないようにな」
そのまま去ろうとし、俺は言い忘れたことを思いだした。
「俺は今回の件で、あんたたちの組織と対立しろとか、ぶっ潰せなんて依頼は受けなかった。だから何もしなかったんだ。あんたらが裸で決闘しようが男同士で結婚しようが、俺は心底どうでもいい。ただ、あんたらが派手に暴れて、それに困ったどこかの誰かが相応の報酬を持って、そういう依頼をしてきたら、そのときは正式にやらせてもらうからな」
「その言葉、覚えておこう」
ランベルトがうなずくのを見て、あらためて俺は背をむけた。
今回の件は、これで本当に終わったのだ。
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