第六章・その1

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「ランベルト様!!」


 甲高い女の声には聞き覚えがあった。キャロルの声である。振りむくと、案の定、キャロルが扉の前に立っていた。


「キャロル!」


 ここでシャイアンが喜びの声をあげた。そのままキャロルへ駆け寄る。


 だが。


「どけ」


 抱き着こうとしたシャイアンを、キャロルが力任せに跳ねのけた。バランスを崩してシャイアンが床に転げる。訳がわからないって表情でシャイアンが顔をあげた。


「――え? キャロル?」


「気やすく話しかけるな。誰だ貴様?」


 シャイアンを見るキャロルの目つきに感情は見られなかった。そのまま俺のほうをむく。


「ランベルト様の腕を斬り落したのは貴様か?」


「それがどうかしたのか――ああ、なるほどな」


 俺は気づいた。


「シャイアン、離れてな。キャロルは吸血鬼の催眠術に操られてる」


 気合いだしていれば吸血鬼の催眠術に対抗できる、なんていうのは俺だけだったのだ。こいつらは違う。いや、人質にとっている時間を利用して、ずっとレベルの高い催眠術を徹底的に仕こんだのか。短時間の催眠術でドラゴニュートを自分の下僕にできるなら、シャイアンも同じことをやられていたはずだ。


 ただ、それだけに、この催眠術を解くのは相当に面倒だぞ。


「ちょちょちょうどよかった! キャロル、その男を殺せ!!」


 慌てたようにランベルトが命じた。それを聞いたキャロルが、相変わらず、表情を変えないまま俺を見すえる。


 その身体が一気に膨れあがった。全身を鱗が多い、背中の丸めた羽がぐんぐんと伸びて行った。


「――ドラゴン化か」


 俺は呆然とつぶやいた。驚いたのではない。あきれたのである。俺に剣をむけられていたランベルトも驚きの表情でキャロルを見ていた。アンソニーの神殿をぶっ潰したのと同じパターンだな。屋内でドラゴン化したらどうなるのかなんて、子供でも想像がつくだろうに。なんでこんな無茶なことを。


「そうか。徹底的に催眠術で傀儡にしてるから、俺を殺せと言われたら、そのための行動しかできないんだな」


 要するに、魔導師の命令を聞くゴーレムと同じだ。命令さえ遂行できれば、あとは誰がどんな迷惑をこうむるとか、そういうことは眼中にないのである。こりゃ、ランベルトも大失敗だったな。都を攻撃するときはそれでよかったかもしれないが、ここでする命令じゃなかった。考えてる間にも、キャロルの姿はどんどんとドラゴン化していく。天上を頭で突き破り、ガラガラと派手に瓦礫が落下してきた。


「ままま待て! 確かに、そいつを殺せとは命令したが、そんな姿になれとまでは」


 慌てた調子でランベルトがキャロルに声をかけたが、もう瓦礫の崩れる音でそんな声は聞こえなかった。俺も剣を収めて、ヴィンセントの前まで走る。


「非常事態だ! エルザは返してもらうぞ!」


「――なんだと? 貴様、何を言って」


「それでいいのか? 天井が崩れて、いま、メアリーがあぶない状態だぞ」


 俺の言葉に、驚きの顔でヴィンセントがメアリーに目をむけた。その隙に、ヴィンセントの手からエルザをひったくる。同時に俺も獣化を意識した。エルザを抱きしめ、なるべく猫背になって、落下する瓦礫を背中で受けながら扉まで駆ける。


「待ってキャロル!」


 書斎を飛びだすとき、俺の耳にシャイアンの声が聞こえた。ちらっと見ると、キャロルを前にしたシャイアンの姿が、見る見る巨大に膨れあがっていくところだった。もうドラゴン化できるまで、時間は経っていたらしい。


 アジトの廊下では、吸血鬼たちが大混乱で騒いでいた。

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