第五章・その9

「そのゲインがなんの用だ?」


 ランベルトが俺を見ながら詰問してきた。


「決まってるだろうが。あんたは俺を殺そうとした。それについて、詫びを入れてほしくてな」


「ほう?」


 俺の返事に、ランベルトが不思議そうにした。


「ここまでやってきて詫びを入れろとは、おかしなことを言う奴だな。何をすればいい?」


「ドラゴニュートのキャロルを無傷で開放してくれ。それで、今回の件はなかったことにしてやる」


「ふん、何を言うかと思えば、愚かしいことを」


 ランベルトが俺を見ながら鼻で笑った。


「話にならんな。ドラゴンたちは、儂の今後の武器になってもらう。それを手放すと思っているのか?」


「そうかい。じゃ、交渉決裂だな」


 俺はランベルトから視線をそらし、ヴィンセントに目をむけた。


「いまの会話、聞いたな? OK?」


 俺の質問に、ヴィンセントではなく、ランベルトが口を開いた。


「貴様、なぜ儂ではなく、ヴィンセントと話をする?」


「あんたがいなくなったら、この組織の跡継ぎはヴィンセントになるからだ」


 俺が返事をしたら、ランベルトの表情に怒気が宿った。


「貴様、儂を殺せる気でいるのか?」


「知ってるだろう。俺はドラゴンとも戦える」


「ふざけたことを」


 ランベルトの瞳に、赤い輝きが爛々と宿った。


「たとえ貴様がドラゴンと戦える力を持っていたとしても、夜の儂に逆らえることなど――」


 言いかけたランベルトが五メートルも後方に跳ね飛んだ。問答無用で俺がタックルをぶちかましたからである。痛がりもせず、ランベルトがすぐに起きあがる。もっとも、表情は驚愕に彩られている。


「なんだと――」


 そのまま、ランベルトが慌てたように立ちあがった。


「貴様、なぜ動ける? なぜ儂の催眠術が利かぬのだ?」


「根性と気合と覚悟を決めていれば、吸血鬼の催眠術はなんとかなる。それにしても大したもんだな。あのタックルを食らっても、普通に起きあがれるのか」


 農耕馬でも背骨が折れるレベルの力をこめたつもりだったんだが。俺の独り言に、ランベルトの眼光が倍増しになった。


「貴様、この儂を愚弄するか!!」


「冗談抜きに誉めたんだ」


 こりゃ、ドラゴン相手にやりあうときと同レベルまで本気にならないとまずいなかもしれない。まあ、いまのうちにやれることはやっておくか。


「ドラゴンを手下にして、征服してる領地を広げようなんて考えるから、こういう目に遭うんだ。欲はほどほどにするべきだったな」


 言いながら俺は腰の剣を抜いた。木の杭じゃないが、これで心臓を貫けば、いくら吸血鬼でも死ぬだろう。剣をかまえる俺を見て、ランベルトの表情が変わった。いま、大ピンチなのは自分のほうだと気づいたらしい。


「きき貴様、動くな」


「断る」


 言って俺は一気にランベルトまで間を詰めた。ダマスカス鋼の件を力任せに振り降ろす。一瞬遅れてランベルトが横っ飛びに逃げたが、完全に避け切るのは不可能だった。右腕を肩から斬り落され、すごい悲鳴をあげながらランベルトがのたうつ。さすがにこれは効いたか。


「何百年生きてきたのかは知らないけど、頃合いだろう」


 俺はのたうつランベルトに剣を振りあげた。


「動くなゲイン!」


 このとき、背後からヴィンセントの声がした。剣をかまえたまま、ちらっと横目でヴィンセントのほうをむくと、ヴィンセントはエルザの背後に立っていた。エルザの両肩に手をかけている。


「――どういうつもりだ?」


 眉をひそめながら俺が訊いたら、ヴィンセントも眉をひそめたまま口を開いた。


「この娘は人質だ」


「よよよよくやったヴィンセント!」


 視界の隅で、ランベルトが青い顔のまま声をあげた。表情は喜びに満ちている。殺されずに済むのがよっぽど嬉しいらしい。俺のことは平気で殺そうとしたくせに。


「あのな、俺はランベルトの策略で、命を狙われたんだ」


 仕方がないから、俺はできるだけでかい声でヴィンセントに言った。


「やられた以上はやり返す。これが冒険者の理屈だ。いまやってるのは一対一の決闘だぜ。なんで息子が口を挟んでくるんだ?」


「そんな話を聞いて、自分の父親が殺されるのを黙って見ていることなど、できるはずがないだろう」


「ああ、なるほどな。そう言われたら仕方がないかもな」


 ひきつづき、俺はなるべくでかい声で返事をした。ちらっとアンソニーに目をむける。


「そして、俺は身動きできずに殺されてしまうわけか。で、ランベルトはドラゴンを手下にして都に遠征をかける。まあ、その前に、自分たちと敵対していたエルフ連中は、部下にするにしろ殺すにしろ、きちんとけじめをつけないとな」


 これでアンソニーの表情が変わった。


「特に、エルフ連中のボスのアンソニーは、絶対に殺されてしまうんだろうなあ」


「動くなヴィンセント!」


 俺の言葉に、アンソニーが叫びながら走りだした。思惑がわからず、呆然と立っているメアリーの前まで駆けより、その背後にまわる。


「貴様がその娘から手を離さなければ、メアリーは死ぬぞ!」


 アンソニーの無茶苦茶な宣言に、俺は内心やったと手を叩いた。やっぱり保険はかけておくものだな。訳がわからない顔で見ていたヴィンセントが、一瞬置いてから表情を変える。


「貴様、アンソニーだな! 幻覚魔法で顔を変えていたのか。いや、それよりも、何を考えている!? メアリーは貴様の娘だぞ!!」


「知ったことか! いいか、その娘から手を離せ! ゲインに好きにやらせろ!」


「お父様!!」


「うるさい! 儂のことを捨てて、吸血鬼の仲間になるものなど、儂の娘ではないわ!!」


 おーおー、ひでえもんだな。家族よりも、自分の命を選んだか。まあ、都の偉いさんや、王族連中の間でも、たまに見る光景だから、それほど驚きはしなかったが。切羽詰まった顔でメアリーを人質にとるアンソニー。そのアンソニーを憎悪の顔で見あげるメアリー。これで親子のつながりは完全に立ち消えたか。


「さて、俺は好きに動いていいんだな?」


 俺はヴィンセントに確認の質問をした。ヴィンセントが唇を噛み、ランベルトが恐怖の表情で青くなる。――まさか、ランベルトを殺さないでとまでは言わないだろうと思いながら、俺はエルザにも目をむけてみた。エルザは動かない。ヴィンセントに手をかけられたままだから仕方がないのだろうが。


「目をつぶってな」


 俺はエルザに言い、あらためてランベルトに目をむけた。剣を振りあげる。ここでランベルトを殺せば、あとでヴィンセントが俺を狙うかもしれないが、まあいいさ。どこかの辺境に雲隠れして、そっちで仕事をすればいいだけの話だ。


「たたた助けて」


「俺のことを殺そうとしておいて、それはないだろう」


 俺は持っている件に力をこめた。一気に振り降ろそうとした瞬間、背後で派手な音がした。


 書斎の扉をあける音だった。

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