第五章・その8

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「お、きたな」


 夕方、シャイアンを先頭にして、エルザとアンソニーをつれた俺たちは、ランベルトたちのいるアジトまで行った。


 ランベルトのアジトは、アンソニーの住んでいた神殿とは、街を挟んで反対側にあった。徹底的に対立してたらしい。その入口に立っていた、吸血鬼の部下らしいのがシャイアンに近づいてくる。


「ちゃんと言われたとおりにやってきたんだろうな」


「ええ、ここに持ってきたわ」


 シャイアンが、持っていた袋を持ち上げた。なかに入っているのは、街の肉屋で購入してきた、やせた豚の生首である。こっちも幻覚魔法で俺の顔に変えておいた。さすがに見ていて気分が悪くなったが。


「そうか」


 袋の中身を確認しようともしないで、部下がうなずいた。姉妹を人質にとられているからな。その辺は信用しているらしい。


「じゃ、入りな。ランベルト様が奥でお待ちだぞ」


 と、部下が言ってから、気がついたみたいな顔でこっちを見た。


「そっちの連中は?」


「昼間、森で見つけたエルフたちよ。ランベルト様に会いたいって」


「ふむ、そうか」


 部下が近づいてきて、俺を眺めた。む、ばれたか? いざとなったら問答無用で斬り殺すしかない。無言で腰の剣に手を伸ばしかけた俺の前で、部下がにやっと笑った。


「まあ、この街のエルフどもは、ランベルト様の下で動くしかないからな。行っていいぞ」


「どうも」


 シャイアンが礼を言い、そのままランベルトのアジトに入って行った。俺たちも無言でつづく。


 ランベルトのアジトのなかは、吸血鬼の巣窟だった。あたりまえの話だが、元エルフの吸血鬼もウロウロしている。そいつらが俺たちを見て、ヒソヒソ言いだした。


「おい、あんな奴いたか?」


「さあ。知らない顔だな」


「ここの話を聞いて、どこか、べつのところからきたんじゃないか?」


「ああ、かもな。誰だって、永遠の命は欲しいだろうし」


「もうアンソニーもいないしな」


 俺の横を歩いているアンソニーが、ぴく、と身体を震わせた。かつての部下に呼び捨てにされて、プライドが傷ついたか。まあ、仕方ないだろう。ここは堪えてもらうしかない。


 しばらく廊下を歩いて、俺たちはアジトの奥の、でかい書斎みたいな部屋へ行った。


「おお、きたか」


 案の定、書斎にはランベルトが待ち構えていた。それだけじゃない。ヴィンセントとメアリーもである。ヴィンセントとメアリーは寄り添うように立っていた。メアリーの口元からは伸びた牙が冴えている。やっぱり、ヴィンセントの手で召し上げられたか。


「メア――」


 俺の横でアンソニーが声をあげかけた。慌てて軽く肘で小突く。気がついていない感じでランベルトがシャイアンの前まで近づいてきた。シャイアン思っている袋を指さす。


「早速だが、確認させてもらおうか。それが、そうなんだな」


「ええ」


 シャイアンが袋を持ち上げた。


「いまここであけると、この部屋が血で汚れるけど、それでいい?」


「そのまま渡してくれればいい」


 言ってランベルトが手を伸ばした。シャイアンから袋を受けとる。


「ふむ」


 袋の口をあけて、のぞきこんだランベルトがうっすらと笑みを浮かべた。


「確かに、あのとき、儂と森のなかで会った、あの男の顔だ」


 ランベルトの言葉に、ヴィンセントとメアリーの表情が、少しだけ曇った。ふたりの仲をとりもった相手の生首だ。そりゃ、気分はよくないだろう。


 それとはべつに、ランベルトは俺と敵対する奴だってことが、これで確定的になった。


「では、約束を果たさなければな。ちょっと待っていてほしい」


 ランベルトが言い、机の上の呼び鈴をとった。チリンチリンと鳴らす。


「なんでしょうか」


 すぐに、手下の吸血鬼が書斎に入ってきた。


「キャロルをつれてきてくれ」


「承知しました」


 手下が一礼して、また書斎をでて行った。


「それにしても、こんな獣人の冒険者が、ドラゴンとまともにやりあえる力を持っていたとはな。キャロル本人から聞いたのだから事実だろうが、いまだに信じられん」


 袋のなかをのぞきながら、ランベルトが機嫌よさそうにつぶやいた。


「しかし、これでもう、恐れるものは何もなくなったわけだ。あとは君たちに協力してもらえれば」


 ここまで言ってから、急に気づいた顔でランベルトが俺たちを見た。部下とリアクションがそっくりである。


「そちらのお客人は、どちらかな?」


「ランベルト様に会いたいって言うエルフを森のなかで見つけたので、つれてきたんです」


「お、そうか」


 生首の袋を両手で持ったまま、ランベルトが俺たちの前まで近づいてきた。俺とエルザ、アンソニーをながめる。


「あの夜、エルフたちは残らず仲間にしたと思っていたんだがな。まだ生き残っている連中がいたか。――そうだな。この、小さい娘は、いま仲間にしても戦力にならんから、血を吸うのは二〇年ほど待ってやろう。そっちのふたりは、明日にでも仲間にひき入れてやるから、楽しみにしておけ。とりあえず、今日は宴だ」


 言いながら、ランベルトが俺たちから距離をとった。そのまま、袋を左手だけで持ち、右手を袋のなかに突っこむ。


「ドラゴンとまともにやりあえる獣人の冒険者か。まあ、生き血ではないが、どんな味がするのか」


 言いながら右手をだし、指先についた血をランベルトが舐めた。まずい! これは予想外の行動だった。いや、冷静に考えたら、これは当然の展開だったか。指先の血を舐めたランベルが、急に表情を変える。


「――なんだ?」


 言いながら、舐めた自分の指を眺めた。


「これは、豚の血と同じ味だ」


「あ、あの、それは、きっとオークの血と味が似ていたのでは」


 慌てたようにシャイアンが口を挟んだ。


「ほら、ゲインは獣人ですし。それなら、オークと血の味が似ることもあるかもしれませんから」


 即興の言い訳にしてはなかなかの出来だったが、ランベルトは眉をひそめたままだった。


「いや、それはないな。キャロルが言っていたぞ。自分と戦うとき、ゲインは額から角が生えて、全身を獣毛と鱗が覆ったそうだ。オークとは似ても似つかぬ姿の獣人の血が、豚の味などと言うことがあるはずがない」


 ランベルトが言い、あらためて、袋のなかに右手を突っこんだ。俺の顔をした生首をとりだす。袋を床に投げ捨て、左手で自分の目をこすりながら、生首を凝視した。


 一瞬置き、ランベルトが怒りの形相でシャイアンをにらみつけた。


「これは豚の生首ではないか!」


 くそ、幻覚魔法が見破られたか。ランベルトが怒りに任せて豚の生首を床に叩きつける。


「貴様、どういうつもりだ!」


「キャロルを助けるつもりだったんだよ」


 仕方がない。シャイアンの代わりに俺が返事をした。急に声をだした俺に、ランベルトが眉をひそめてこっちを見る。


「どこかで聞いた声だな」


「森のなかで話をしたことがあるからな」


 俺の返事に、一瞬置いてから、ランベルトが目を見開いた。ついでに言うと、その隣に立っていたヴィンセントとメアリーもである。


「貴様がゲインか!」


「ご名答」


 俺はシャイアンの手をひき、かばうように立った。まあ、即興で立てた計画にしてはうまく行ったほうである。何しろ、無傷でランベルトの前までこられたのだ。

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