第五章・その7

 アンソニーも俺を見て、ギョッという顔をした。


「うわわわ」


 アンソニーが、言葉にならない悲鳴みたいなのをあげて、そのまま背をむけて逃げだそうとした。


「ちょっと待て!」


 俺も走った。すぐに追いつき、アンソニーの首根っこを押さえつける。俺が本気になって走れば、振り切って逃げられる奴なんてそうはいない。


「なるほどな。人間の世界でもよく聞くぜ。何かやらかした奴は、時間が経つと、その場所に戻ってくるってな。これがそうだったか」


 あるいは、エルフの組織のボスという立場に、よほどの未練があったのか。権力に執着するとは、妙なところで人間臭くて助かった。


「すまない、ちょっと話を聞いてほしいんだがな」


 アンソニーを押さえつけたまま、俺は話しかけた。


「ははは離せ」


「ランベルトの前までつれて行って、そこで手を離してやろうか?」


「な――」


「そうなりたくなかったら、俺の言うことを聞け」


 少しして、アンソニーが口を開いた。


「わかった。聞く」


「そりゃよかった」


 俺はアンソニーから手を離した。


「ちょっと頼みがあるんだ。あんたたちが使っている幻覚魔法、あれを俺たちにかけてほしい」


「――は?」


「は? じゃない。ほら、あんたの部下が、エルザを自分たちの仲間のように見せてつれまわしていただろう。あれをやってほしいんだ」


「どうして儂が、貴様たちにそんなことをしなければならん?」


「まだわからないのか。おまえはもう、組織のボスでもなんでもないんだ。組織の構成員は、残らずランベルトの手で吸血鬼化されてる。あんたの娘もだ。残ったのはあんたひとりだぜ」


「――なんだと?」


 俺の言葉に、アンソニーが眉をひそめた。


「まさか、メアリーまで」


「自分かわいさで娘を見捨てて馬に乗って逃げだしておいて、いまさら親ぶるな。メアリーも、そろそろわかれの時期だって言ってたしな。ただ、これは言えるぜ。メアリーは吸血鬼化して、永遠の命を手に入れた。あんたはエルフだ。長生きはできても、いつかは限界がくる。さ、どうする?」


 これでアンソニーの表情が変わった。やっぱりな。妖精の貴族だのなんのと偉そうな態度をとっておいて、結局は永遠に生きられる吸血鬼を嫉妬していたのか。


「儂に、永遠など得られるわけがないだろう」


 アンソニーが悔しそうに言い捨てた。


「儂は過去、ランベルトとは散々対立してきた。いまさらランベルトと会ったところで、ランベルトは儂を八つ裂きにするに決まっている」


「普通はそうなると俺も思う」


 俺もうなずいた。


「ただ、あんたの外見が違っていたらどうだ? たとえば幻覚魔法を使って、ほかのエルフとしてランベルトの前に顔をだしたら? まだ部下になってないエルフがいたと判断して、ランベルトは血を吸って仲間にすると思うぜ」


 俺の提案に、アンソニーが不愉快そうな顔をした。


「そして儂に、永遠にランベルトの下僕としてかしずけと言うのか?」


「一度でもトップに立った奴は言うことが違うな。永遠の命が欲しいんじゃないのか」


「自由がなければ永遠に意味などない」


「わかったわかった」


 投げやりに返事をしながら、俺は少し考えた。


「じゃ、大魔導師アーバンの娘が都で魔王の遺体を使って、不老不死になる研究をしているから、そこを紹介してやる」


 俺の提案に、アンソニーが、急に興味深そうな顔をした。


「ほう」


「もちろん、研究は難航しているそうだがな。だからいまは言うことを聞いてもらおうか。幻覚魔法で俺たちの外見を変えてくれ」


 少ししてアンソニーがうなずいた。


「いいだろう」


 十分後、俺はシャイアンから取り上げた短剣を抜いてみた。刃を鏡替わりにして、自分の顔を映してみる。


「驚いたな。こりゃ、どう見てもエルフだ」


 短剣から目を離し、俺はエルザにも目をむけた。エルザもエルフのお子様の姿になっている。


「ああ、シャイアン――そのドラゴニュートの娘のことだけど、その娘はそのままでいい」


 俺はシャイアンにまで幻覚魔法をかけはじめたアンソニーに言い、さらにこうつづけた。


「あとはあんただ。ほかのエルフの顔になりな」


 アンソニーが驚いた顔でこっちを見た。


「なぜ儂まで、幻覚魔法で外見を変えなければならん?」


「あんたも俺たちと一緒に、これからランベルトのところに行くからだ」


 俺が言ったら、アンソニーの顔から血の気が引いた。


「何をふざけている!? そんなことをしたら、儂は」


「だから外見を変えろって言ってるんだ。前にエルザを救出したとき、エルフたちから引き離したら、あっという間に本来の姿に戻ったからな。いま、あんたが俺にかけた幻覚魔法だって、どこまで持つかわからない。だから、あんたには一緒にいてもらう。これは保険だ」


「ババ馬鹿を言うな。誰がそんなことを」


「そうかい」


 俺はひょいと手を伸ばした。アンソニーの髪の毛をつまんで軽くひく。つん、という感覚がして、髪の毛が一本抜けた。


「痛ウ!」


 アンソニーが頭を押さえながら俺をにらみつけた。


「何をする!?」


「俺のこの腕輪は、大魔導師アーバンのつくりあげた魔道具でな」


 アンソニーの言葉を無視して、俺は自分の腕輪を指さした。


「これに髪の毛を入れると、その人間がどこにいるのか、すぐわかるって代物だよ。これがあったから、俺はエルザがどこにいるのかわかったんだ。あんたと最初に会ったとき、エルザがどこにいるのかわかるって言ったのを覚えているか? あれのカラクリがこれだよ」


 俺の説明に、アンソニーが理解できないという顔をした。


「それがなんだと言うのだ?」


「エルザを救出するって依頼は、もうすんだ。だから、この腕輪のなかには、もうエルザの髪の毛は入っていない。代わりにあんたの髪の毛を入れてやろうか。そしてランベルトにプレゼントしたらどうなると思う? もうあんたはどこにも逃げられないぜ」


「な――」


「そうなりたくなかったら、俺の言うとおりにするんだな」


 アンソニーが、青い顔のまま、仕方ないという感じにうなずいた。

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