第五章・その5
「そうだな。俺がランベルトの立場だったら、さらに上の権力を求めるか。そもそも、吸血鬼は不老不死ではあっても不死身ではない。昼間のうちに誰かが乗りこんできて、心臓に杭を突き刺されたらアウトだ。となると、やっパり、ドラゴン化できるキャロルを利用して、都に進軍して、この辺一帯を征服するか、そこまで行かなくても、昼の間、自分の寝床を守る用心棒として使うことになるかだな。俺の血を吸って手下にするのとは訳が違う。昼間も行動できる武器ってのは、ランベルトにとっても、ずいぶんと価値があるはずだ」
シャイアンは無言で俺を見ていた。あまり表情に余裕が見られない。俺は構わず話をつづけた。
「ところが、そう簡単に話は進まなかった。なぜか? 俺がいるからだ。何しろ、俺はドラゴン化したキャロルと喧嘩して、引き分けに持って行ってる。そんな奴が敵対する側にいたら、ドラゴンを味方につけた後の計画は残らずアウトだからな。と言ったところで、俺を手下にすることも不可能だと判断するはずだ。俺は一度、ヴィンセントに依頼を受けて断ってる。ではどうするか? まずは俺を片付けようと考えるはずだな」
俺はシャイアンを見た。
「そして君が俺を迎えにきた。キャロルはいない。ということは、キャロルはランベルトの手で、人質にとられてるな。そういえば、エルフのメアリーは、ドラゴニュートの君を薬で眠らせた。たぶん同じことをランベルトにもやられたんだろう」
吸血鬼の暴走を食い止められる抑止力になれると思っていたんだが、薬のことは忘れていたな。俺は心のなかで歯噛みしたが、それは顔にださなかった。
「そして、君は俺を殺してこいと命令された。とは言うものの、都で俺を殺すのはまずい。そんなことをしたら、今度は自分が恐ろしい魔獣として騎士団に狙われる。だから、まずは人けのないこの森まで、適当に理由をつけて俺をつれてきた。そして人間の姿に戻るから、後ろをむいててと言い、そのままドラゴンの姿で踏み潰そうと――それでグシャグシャにしちまうと、俺を殺したって証拠が残らないな。君は人間の姿に戻って服を着るとき、ついでに武器も身体に忍ばせたはずだ。たとえば短剣とか」
俺はシャイアンの腹のあたりを指さした。シャイアンは返事をしない。
「それで、俺が後ろをむいている間に刺し殺して、首を切り落してランベルトに見せるつもりだった」
「ちょ、ちょっと待ってよ」
慌てたみたいにシャイアンが口をはさんできた。
「そんなわけないじゃない。だったら、どうして私はゲインを刺し殺してないの?」
「決まってるだろう。エルザがいるからだ」
俺は横にいるエルザに目をむけた。
「いくらなんでも、こんな小さい子供の前で殺しはできない。これは予想外のアクシデントだったな。それで、仕方なく一緒に歩きだした。そして街まで行って、なんとかしてエルザを俺から引き離して、それから隙を見て俺を刺そうと考えている」
シャイアンの顔から表情が消えた。
「君がさっき言ってた、血を見るのは好きじゃないって言葉は信用する。ただ、今回はどうしようもなかったんだろう。まあ、姉妹がピンチなんだ。気持ちはわからなくもない。君の依頼を受けている間、エルザのことを守ってくれって言った話だけど、あれは取り消すよ」
少しして、シャイアンが口を開いた。
「いまの話、何か証拠でもあるの?」
「前にキャロルと話をしたとき、俺はこう言ったぜ。いま、吸血鬼のボスのランベルトが街を散歩してるって。彼女は忠告ありがとうと言った。へえ、そんな名前だったのとは言わなかったな。ということは、君だってランベルトの名前を知ってるはずだ。それなのに、君はさっき、ランベルトの名前を知らない、無関係という態度をとった。ということは、何か関係があるって判断してもいいと思うけどな」
俺はエルザの手をひいて、シャイアンから距離をとった。
「確か、キャロルは昼間、ドラゴンになってエルザを誘拐して、その日の夜中に、あらためてドラゴンになった。ドラゴン化できる間隔は半日か。まあ、もっと短いかもしれないけど、いますぐにドラゴン化できるってことはないだろう。そして、君が不意打ちをかけることはもう見抜かれている。つまり、いま、君は俺と戦う術を持たない。ついでに言うと、俺は槍で腹を貫かれても死なないぜ。エルザに聞いてみればわかる」
俺の横で、エルザが無言でうなずいた。
「さて、どうする? 俺だって、できれば君を傷つけたくはないんだけどな」
「――お願い、助けて」
青い顔のまま、シャイアンがつぶやいた。服の内側から短剣をとりだして、足元に置く。
「安心しろ。君が何もしなければ、俺も何もしない」
「そうじゃなくて、キャロルのことを助けてほしいのよ。お願い」
俺はあきれた。
「騙し討ちしようとしたのを見逃してやるって時点で十分助けたことになるだろう。それに、いまはどうだか知らないけど、あと半日もすれば、キャロルを眠らせてる薬も切れるはずだ。そうなったら、どこに監禁されてるのかは知らないけど、あとはドラゴン化して、力まかせに牢をぶっ壊して逃げだせるんじゃないか」
「だから、そうなる前にあなたをつれてこないと、キャロルがあぶないのよ」
「だから俺に死んでくれって言うのか? いくらなんでも、それは――」
ここまで言った俺の手がひかれた。エルザである。
「ゲイン、お願い。キャロルを助けてあげて」
俺は天を仰ぐしかなかった。
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